初めて1年中仕事をしました

世の中の誰もが自分の人生を精一杯生きております。
そして等しく新年には新たな夢を描き
1年を過ごし終えて大晦日を迎えることになります。

それが企業であれば
仕事を通して互いに連帯し苦難を乗り越え、
新たな挑戦にも取り組んで
その結果について共有するわけです。

従って1年を概括して
認識を共有し新たな挑戦に臨みたいものです。

語弊あるかもしれませんが
中洲士郎として2017年を概括してみました。

ここで認識を共有しておきたいのは
2011年からルミカが陥った苦境は
旧役員達による不正行為であり
それを許したのはルミカの経営力に問題があったからです。
その虚を突かれて危うく倒壊に至るところ
2014年迄の巨額の営業赤字を耐え抜いて
2015年からはそれでも黒字を達成して
団結力の尊さを学びました。

2017年を象徴するのは
4年間続いたRF訴訟を終結させて
ルミカの大転身を図るために
ひと時も休まなかった事です。

年頭に具体的に掲げた方針は
ルミカは基本理念「発見と創造」に沿って
三つの目的を追求するとしました。

目的1 ★社員と役員がワクワクする会社にする
目的2 ★顧客がワクワクする会社にする
目的3 ★株主と取引先がワクワクする会社にする。

上記の三つの目的を実現するために
全役員は鋭意率先して業務を遂行して頂きました。
心から感謝しております。

中洲士郎の社長室としては
新商品新市場開発こそがルミカの存在意義であり
これによって仕事のスキルを高める事、
高付加価値商品を市場に投入出来れば
社員の経済力を向上させることが可能であると信じて
1年を終えました。

他方、各役員が取り組んだ事は
(1)会社の発足以来最大の広報活動でブランディングを推進、
「ペンライトのルミカ」を消費者に刷り込んだ。

(2)そのコンテンツを競合先に先んじて海外に展開、新市場を獲得。

(3)不正競争行為であるとしてRFを告訴して4年、
和解金受領で事実上勝利の結審。
大連では
前総経理との裁判で勝利した後も続く執拗な妨害工作を防ぎ
化学発光では世界一の新工場を完成させた。

(4)新卒の定期採用で多くの労力を費やした。
2チャンネル問題もあって4名の獲得に止まった。
この反省からネット運営の見直しに入った。

(5)BiRodでの新市場参入で
スポーツセンシング社との資本提携で相互補完した。

(6)新商品開発に鋭意取り組んだ。
中でも東洋エアゾール社との発光スプレーの共同開発をほぼ完了し
生産段階にに入った。
初めて6インチ発光体を凌駕する大閃光エイトを完成させた。

(7)新営業形態として発足した直販部門が順調にBiRodの販売を拡大、
Biプロダクト市場投入で転身を迎える。

(8)特筆すべきは現営業がRRに奪われた市場を奪還、
月次での営業赤字を7月以降黒字転換に成功。

40周年で再生ルミカが視野に入る一年でありました。

砂浴び

長男の孫たちの「ニワトリ見たい。卵食べたい」に促されて
借りたラオポの車で由布農園参りとなった。
今年最後、どうせ独りでも行くつもりだった。
穏やかな日差しの草原には、年の瀬さすがに人影まばらだ。

農園にアスキーの鶏たちが嬉しそうに出迎える。
昼飯は札幌のアイビック食品の牧野さんに頂いたラーメンを皆に馳走する。


ルミカ農園の陽だまりで砂浴びに興じるアスキーの鶏たち。
今年も沢山美味い卵を食べさせて貰った。ありがとう。

Bi360°リモートカメラ遂に完成か

仕事納めがやって来た。
今年も開発ラッシュだったが・・・。
中洲案件は遂に一件も上市に至らなかった。

だが化学品分野ではアリちゃんチーム、
精密機器ではヒメノチームに元気な若手面子が加わり
これをイシバシの直販チームが引っ張る構図が出来上がった。

仕事納めの開発作業で
ホープの1人オーツカが、遂にVR360°カメラの防水ケースを完成させた。
やっと防水機能は完成だが、内壁に接着剤が垂れて新年に持ち越し。
「下手くそ、ばかやろ」で今年もおしまい。
来年が脅威的に面白くなる。

帰りに久しぶりのジムで全身爽快。
12月は出張ばかりで4回しか汗を流せなかった。
来年は月に8回は通いたいなあ。


遂に防水が完全機能したBi360°リモートカメラ。
だが内側の接着剤が垂れて視界を遮った。失敗だ。
従来の防水はケースからカメラを取り出すことが常識。
ルミカは防水ケースをカメラに固定した。

鶏鳴狗盗

遠賀工場で恒例の餅つき大会と永年勤続表彰。

この餅つきは我がオーノ棟梁が入社して始めたので20年以上になる。
毎年12月28日棟梁の指揮下で華々しく開催される。
何を隠そう。社内で一番のつき手はこの中洲士郎だから
まあ2人のお遊びみたいなもんだ。

このオーノ棟梁は
昨年末30年勤務して退職したA嬢が紹介してルミカに入った。
彼はレーサーで九州地区チャンピオン。彼女がナビをやった。

諸君は高校の時漢文で習った鶏鳴狗盗の話覚えていないかなあ。
中国紀元前数百年前春秋時代、斉の国で有名な豪傑、
孟嘗君が食客3000人を集めた中に鶏鳴狗盗の客があって
それが国の一大事を救うという話。
我がオーノ棟梁もそんなもんだが、あまり学がないから
「なぬう。俺が鶏鳴狗盗か」と怒り出すに違いない。

兎に角春秋の時代は一匹狼のスキルマンが縦横無尽に活躍。
人間が史上一番の生き生きした時代。
そしてルミカもそうなるといい。
であればオーノ棟梁達のお陰で中洲士郎は現代の孟嘗君田文という訳か。

さて本題。
今年の遠賀工場での永年勤続表彰は
30年勤続2名20年1名10年1名だった。

30年前と言えば遠賀商店街のパチンコ屋の跡で
200名程の近隣のご婦人方が
狭い工場でもみ合いながら生産活動しいていた。
街の商店街も今と違って大層賑わっていましたねえ。
中洲も帰りに野菜でも買って帰ろうと立ち寄ると
大抵のご婦人がルミカで作業を終えて買い物の面々。
大きくお辞儀されると本当に恥ずかしかった。
あの当時は遠賀町はルミカ村の体だったね。

当時はドガワさんが工場を仕切っていました。
それで彼と一緒に30年勤続の2人を祝いました。

ブログで新卒採用バックアップ

中洲士郎ブログ日々是如夢を社外にも公開することになった。

我がセグチ女史、
中洲士郎の人生最大の野心を実現しようと日夜頭を痛めている。
今日その概要が明らかになった。
明けて1月19日ルミカのホームページに
中洲ブログを貼り付けることに。

大ヒット商品を発想から着想、構想、企画、製造、発売まで
読者とプロセスを共有し
一緒に結果を喜び落胆しようとする
非常識で未曾有のブログを作るのだ。

嘲笑受けようが非難されようがラオポに噛みつかれようが
此れこそ中洲士郎人生最大の発明にしたいね。
な〜にブログがヒットしなきゃ問題は起こらない。
問題となるほどヒットしたらその時考えよう。

まあ寛容な皆さんが
ブログは中洲士郎の呆け防止だと許されるのを期待しよう。

最近の日経トップリーダーに
新卒採用にはホームページ上にブログアップが有効とあった。

老舗菓子店の5人の採用枠に16000人がエントリーとのタイトルが踊っている。 これも社内ブログの公開を決意した理由のひとつです。

ビーフカレー

博多西中洲にワダモンと云う欧風田舎料理の店がある。
店主は3代目のM氏。
今日はこのお店でTAI社専務を
アリちゃんと2人でおもてなしした。
何しろ今日は大閃光ペイント第1号が正式な設備で製造された
記念すべき日だ。


緊張のアリちゃん。
記念すべき第1号

ワダモンの今日のお料理はというと
田舎風スープ(これが名物)
鯛の薄造り
何やら小鉢
そしてメインは
五島の黒毛和牛の黒ごまソース

店主のM氏は
このワダモンをこよなく愛する中洲士郎の頼みを喜んで聞いてくれる。
このステーキは10年ほど前まで定番だった。
今はメニューに無い。

ワダモンの思い出
そうだな。あれは小学校の6年頃だろう。
母親の中洲若子が士郎をこの店に初めて連れてきた。
メニューで一番安いビーフカレーを注文した。
大きなサイコロのビーフが黒いカレーに包まれていた。
もう死んでもいいくらい美味かったな。

若子は何時も綺麗な着物を着ていた。
中洲士郎が12歳だとすると若子は29歳だな。
10年ほど前の19の頃はこの西中洲で芸妓やってた筈だ。
その時からこのワダモンを贔屓にしたか、それともされたか。
何か物語があったのかも知れん。
だから士郎に博多随一のワダモンの西洋料理を
財布をはたいて食べさせたのだろう。

あれから60年経った。

浮き沈みが世の常

残り僅かで新年に突入する。
そして何年も暖めた新商品をお披露目する。
発想着想まではいい。
だが構想企画を経て製品の仕様を固める段階で
産みの苦しみを味わうことになる。

化学発光が発明されて最初の実用的化学発光体が
サイリューム6インチだった。
元役員のキンブレに対抗して6インチを表面積5倍にするのが最初の発想。
それから5年、遂に改革が成功して大閃光エイトの誕生。
これはヤマテさんの手で仕様が固まりリリースを待つばかりだ。

革命と言えばTAI社との共同開発大閃光ペイントだ。
化学発光の最大永遠の欠点は光のON/OFFが出来ないこと。
これを発光スプレーで解決した。
アリちゃん、イトーくんがリリースで頑張っている。
盟友ドガワ氏もニタリと笑って
安〜い原液充填装置を組んでルミカの40年前を再現している。
変人イノウエの超人的活躍もあってペイントの仕様が固まり
明日遠賀工場で試験操業開始だ。

革新的な新製品はケミホタルがそうであったように
必ず数々の付帯的な新製品を生み出す。これが又忙しい。

さて第3の新製品がBiKIT製品群。
空中、瓦礫の中、
そして水中まで撮影調査探索できるBiカメラキットの上市だ。
今日はそのカタログ校正に取り組む。
明けて1月19日に始まる横浜でのフィッシングショーが皮切りだ。
思えば40年前有明にあった国際展示場で
フーテンの寅さんの口上でケミホタルを発表して
釣り業界を沸かせたなあ。

夕方TAI社から関係者5名が到着。
明日の試運転の成功を期して中洲の「一期一会」に繰り出す。
この店はその昔、腕利きの板前後藤さんが苦労して創業。中洲若子も応援して 安くて美味いフグセットで一世風靡、連日押すな押すなの賑わいだったが。

その後藤さん今年何処へか姿を消している。
店の看板は同じでも中身はすっかり代わってしまった。
飲食業の世界は厳しいものだ。

浪人も又楽し

大連から福岡へ戻る機内。
年の瀬いろいろ用事が多い中、由布農園と仲間たちのことが気がかり。

この前の木村琢磨さんの個展での彼の生き方に敬服した。
アーティストってああなんだなと。
繊細で濃厚な風景画の様な作風の写真家の木村氏にファンが多い。
その日も最前席にグラマラスな美女が
きゃしゃな木村氏を食べてしまいそうなほど凝視していた。

「来年一月からボク今の会社辞めてフリーになります」と木村氏。
会社やスポンサーや諸々の繋がりを切って
作品を極めて行きたいそうだ。
浪人するのに何の屈託も見えない。
現代人だなあ。それに芸術家だ。

それにひきかえ中洲士郎の生き様は内心怯えて汲々の人生だった。
子供3人の5人家族それに何かと危険な母親若子だろう。
心底ヤバイと思ったね。

ただ一つ木村さんにも質問したかったのは
「フリーになられたら作風にどんな変化が現れるでしょうか。
興味あります」と。

そこで今日は生き方に自信がない老兵が浪人について語ろう。

中洲の浅薄な経験では
浪人すると目に入る景色、
特に山野の移ろい行く風情が激しく心に迫るのだ。
早春。梅、桜、桃、梨と木々の華やぎが変化して行き
山の緑が徐々に躍動して行く姿は
サラリーマンの時は気付かなかった。
楽に給料が降って来なくなったからだろうか。

そこでまた「葉隠」の一節思い出したので引用させて貰う。

何某(なにがし)申し候は、
「浪人などと云ふは、難儀千万この上なき様に皆人思ふて、
その期(ご)には殊の外しほがれ草臥(くたぶ)るる事なり。
浪人して後は左程(さほど)にはなきものなり。
前方(まえかた)思ふたるとは違ふなり。今一度浪人したし。」と云ふ。
尤もの事なり。死の道も、平生(へいぜい)死習ふては、
心安く死ぬべき事なり。
災難は前方了簡(まえかたりょうけん)したる程にはなきものなるを、
先を量って苦しむは愚かなる事なり。
奉公人の打ち留めは浪人切腹に極まりたると、
兼(かね)て覚悟すべきなり。

案ずるよりうむがやすしって云う事らしい。
心配してノイローゼになったり落ち込んでも何もならん。
そのうち何とかなるよって事か。

だが中洲士郎生まれ変わったら絶対独立なんかしないよ。
今度は確実に失敗するから。

医食同源

今日は大連休日出社で諸般をポツリポツリと打ち合わせ。
この中で例によって湧き出る
珍奇な妄想の一部をスクラップに。

これからはやはり農業じゃないかな。
それも医食同源ゆかりのファーミングだ。

ことの発端は我らがK魚さん。
中国で生野菜を食すると
時々喉や胃が苦しくなり顔が酷くむくむと言う。
どうも野菜に付着している農薬のせいじゃないかと。
幼少時は蒙古のピュアな大草原の化学物ゼロの世界にいたから
「漢人の様には耐性ができていないのだろう」
がK魚と中洲の推理。

そして先日の上浦さんのヨーグルト問答での妄想を繋いで行くと
医食同源に行き着いた。

先に記したが最近の弱い菌のカスピ海ヨーグルトでは
市販の牛乳からマシなヨーグルトは出来ない。
牛乳を上浦さんのに代えたら物凄いヨーグルトが出来た。
次にその優秀なヨーグルトを種菌に市販の牛乳を用いたら
これも立派なヨーグルトになった。

ここから導き出せるのは
遺伝子組み換えなどやらずに
本当に地力のある良い畑で良い菌に囲まれて作った作物は
腸に入って我らが2000種類もの腸内細菌の一部を
薬のように生き返らせるのだろう、だ。

それと良質のミネラルだろうか。

2015年9/7に内蒙古探検旅行に出かけた。
ランドクルーザーで駆け回ること5時間、
「神の泉」で麦飯石を発見した。
実はこの麦飯石は古来中国では薬石として珍重されている。
中洲の研究では風化の過程で棉状になった花崗岩から
良質のミネラルが活性ナノバブルと一緒に溶け出すのだ。
実際この麦飯石を使えば海水魚が真水で飼える。

先日の宇和島のスマの養殖では
陸上でのスマの孵化が
事業化のカギを握っていると判った。
アイパオ周回水槽とここらを結びつければ
有望なアグリビジネスになると思うんだけど。

こうやって脈絡なく妄想が膨らみ
まさに余生も夢に溺れてしまうのかな。
あれかこれかと。

中洲士郎73歳がこうやって元気を保っいるのは
実はラオポと生協食材のお陰だ。
それじゃ話にならんので作り事の医食同源節を吹聴し
序でに化学肥料や農薬や遺伝子組み換え作物を
こき下ろして講演して回ろうか。

しかし世にウジャウジャいる講師さん達って
競馬場のレースの読み屋の感じがするんだな。
自分ではレースを張らずに確実に儲かる処世術・・
これってスリルがないよね。

ブログ中洲士郎も競馬の読み屋にならんように気をつけよう。
皆さんも時に警鐘鳴らしとくれ。

潮流変わる

今日は大連でヤマテさんと合流して案件処理だ。
感動したのは第一工場での成型作業。

思い起こせばここは廃校の一隅での極限に汚い鋳物作業所の跡。
近づくのさえ憚られたその場所が片付けられて
北京のWanさんから届いた押出し機と射出成型機が
Wanさんの所の技術屋の手で甲斐甲斐しく動いていた。
部材の外注から内作への切替だ。

これも潮目なら更に大きな潮目の変化は
旅順口区衣書記主催の晩餐会だった。

旅順と大連在住の外資企業が招待された。
その中で大連ルミカは模範中の模範企業。
パナソニックやキャノンなど中国から逃げ出す企業群に逆らって
増資を重ねたルミカが光っている。
おまけにルミカの今度の新工場は品格で群を抜いているので
行政のバックアップ間違いない。

「人の行く裏に道あり花の山」
と先見性を自慢したいが・・・
実際は唯なす術なく途方に暮れていたら
風向きが変わったって所だろうか。

待てば海路の日和あり。

諸君。
人生何事も目先に過度に憂い惑う必要ないかもしれんな。