任侠劉さんと再会

2/13(火)昨日WUさんが
「明日は何も出来ないから、中洲のアイデアは今日のうちに」と
革新大閃光エイトを仕上げておいた。
だから今日は開発はお休みだ。

今日は街中が仕事納め。
にこやかな挨拶が充満して何処にも執務の気配はない。
「役所に挨拶に行きたい」
と言うチンユイ社長に同行することにした。

賢明なチンユイさん予めメールで
「うちの中洲が今年大変お世話になりました。
貴方と大連に感謝してます」伝えているので
役所のお偉方も待っていてくれる。
何よりこの時期大連への投資を大きく増やし
見事な工場を建てたルミカとチンユイの手腕に
喜んでいるのがわかる。そのぶん期待も大きい。

凄いのは習近平書記の指揮の下で
収賄官僚を片っ端から牢屋にぶち込んで
次は管理職の首のすげ替えが猛烈に進んでいる。
優秀な人材は腐るほどいる。
皆さんへの挨拶は日本からの小さなプレゼントと
日本の礼儀が生きる。
そして何より老朋友(ラオポンヨウ)の関係だ。
今日は何回「老朋友!」を発したことだろう。
若しかしたら中洲の場違いな呼び掛けかもしれんが
一番シックリする中国語だと信じる。
おまけに発した本人が無性に懐かしく嬉しい気分になる。
「もうこれっきり会えんかもしれん」と。

圧巻は旅順口区「衣書記」だ。
去年12月挨拶させて貰ってこの人物に中洲心底惚れ込んだ。
器が違う。
きっと中央への階段を上がるだろう。
寒い中、我々2人の到着を玄関の外で待ち受けてくれた。
素晴らしい会話の舞台へ行くエレベーターの中では
10年ぶりに昔の地元の鎮の書記と出会った。
思わず中洲の「老朋友!久しぶり」に
嬉しそうに「ユエンティエンだな」と。
中洲、即座には相手の名前が浮かばないので
「インタオ(桜桃)先生」と応えたら喜んだ。
彼は今でこそ旅順半島が一大産地となった
桜桃の生みの親の一人だ。
エレベーターが書記のフロアーに着いて先生と別れた。
豪華な書記の応接室でチンユイさんが日本仕込みの礼儀作法で応対。
和やかな歓談の後旅順の歴史の分厚い書物を頂いた。
宝物にしたくて書記にサインをねだった。
多分名筆じゃないかな。
帰って老婆ラオポに判定してもらおう。
知的で美人の孫局長とも楽しい語らい。

中洲の「任侠の劉さんに挨拶に行こう」に
チンユイさんも同調して北海鎮に伺う。
劉さんは2年前に比べると物腰柔らかく少し老け込んでいる。
日本の「老朋友」がやって来たと言うので大層なご馳走。
流石に海の男の海産の素材は秀逸で
調理法も又自然の味を良く引き出していた。
最後のお茶は多分「岩茶イエンチャ」で
一壷分づつ小さな缶に入っている。
今まで味わったことのない代物。
劉さんが中洲のポケットに5,6個ねじ込んだ。
恐らくだが、ひと缶1万円するだろう。
胡服に身を包んだ眼を見張る美人のお嬢さんも話に加わった。
劉さんが実にいい顔にほころぶ。

4人の子持ちのその若夫人、
大好きな父親のその老朋友と言うことで
中洲への眼差しも優しい。
留学していたとのことで流暢な英語でも話題を作ってくれる。
彼女のご亭主も日本に行って
中洲の世話で黒川温泉に行った事が分かった。
次回会うことが有ればその幸せな若者を思い出すだろう。

話が弾む。
あの時の楽しい思い出は長城鎮の小ヤクザの王さんの事だ。
10年前だから未だ中国旅行客は皆お上りさん然だった。
その王さん、博多駅口のビックカメラで
300万円もするオメガの腕時計を買って
バスの中でも腕から眼を離さない。
「今何時?」 の質問に都度都度、嬉しそうに答える。
まるで小学生、それでもヤクザかと言いたくなった。
王さんのカミさんは鎮で食堂やってて
昼飯食べては亭主の悪口をしたものだ。

そんな話題に花が咲く中、
物静かな任侠劉さんの半目をつぶった横顔を覗くと
それが実にいい男。
この男にして素晴らしい娘だ。
その娘が親父に午睡を促し手を引くようにして自宅に連れ帰る。
門のところで待っていた奥さんが優しく腰を折る。
家の向こうの海辺には
貧相な真っ黒の木造漁船が10艘ほど静かに浮かんでいた。


任侠劉さんと海鮮料理

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