ロス漫遊記 コンテンツって?

4日間で40万人の来場者。凄まじい賑わいも最終日です。

色んなことを教えられました。「何時も新しいことに挑戦しなきゃあ」と言っても「新しい」って何だ?となります。「コンテンツを持った者が勝ち残る」とも耳にしました。じゃあコンテンツっちゃ何だ? 恥ずかしながら中洲に解けなかった問題でした。その疑問の答が最終日のルミカブースに現れたようです。要するに人が集まる仕組み作りなんですね。人が集まったところに利害関係者が寄り添って来るのです。

中洲には「コンテンツ」の概念無しに前々回のAX2016ロスに初参加しました。小さなルミカブースの賑わいを見て本能的にオタ芸舞台8小間運用を決意。今回が2回目のオタ芸大会でした。通路も埋め尽くす踊りと歌とルミカライトの渦。去年は主催者に何度も注意を受けたようです。

それが一転。今回は主催者も優しく踊り手に対応。「新しいコンテンツ」の出現に関係者が色めき立つのです。NYやアトランタや他の都市の主催者から続々出展の要請が・・・。「ブースは無償で提供する」とまで。中洲には新商品開発して買って貰う事しか知恵が回らしなかったが「新しいモノ」で「人を寄せ付ける」それも只で提供してコンテンツを独占する。そしてそれを大きな事業モデルに発展させるのです。

これから世界各地でオタ芸舞台が拡散し進化するのです。光はルミカの無償提供です。楽曲や踊りには各地のオリジナルも加えて欲しい。となるとDJに技とパーソナリティが求められる。中洲士郎DJでデビューして旅芸人になりたいよ。

もう「Bi見逃サーズ」なんかややこしい商品の開発止めようかな。石巻市の娘を探す父親から未だ返事が来ませんね。中洲の申し出が悪かったのだと気になります。石巻海底捜索行も辞めようかなと思い始めました。

AX2018ロス漫遊記・何事にも動機があって

台風一過、10日間の米国出張に出発です。

目的の一つはアニメエキスポ2018ロス出席です。2つ目はBiRodシリーズのCES2019出展準備とネット通販立ち上げです。ルミカの流れ特に海外展開を大きく変えたのが一昨年のこの見本市2016年7月2日からの4日間でした。噂には聞いておりました。「海外で日本文化、特に漫画文化が凄い人気だ」と。当日ロスの街を埋め尽くしたコスプレの群れの殆どが日本発のキャラクターです。後々下手に先見性を褒められると困るので出展の動機を明確にしておきましょう。

これまで海外見本市といえばフォローもしませんから出費だけの下らない浪費でした。(それは日本の会社全般に言えることです)「ルミカ社員は誰でも海外の見本市で物販して出張費用稼いで見聞広めることだ」「アニメエキスポなら物販できるぞ。これだ」それが動機でした。

技術立国の看板を下ろした日本が漫画で世界の若者の心を掴んでいるのですね。2017年は中洲は欠席しましたがルミカブースを公約通り8小間に広げてオタ芸教室開催、見本市会場の花形だったそうです。

何はともあれ2016年中洲の傑作写真集をご覧に入れましょう。

釜石沖の海底で

台風7号が九州に上陸。一晩中暴風雨が荒れました。

明日からのロス出張のためにBi見逃サーズの仕上げです。カメラに40号の重りを付けるとUSBケーブルには負荷が掛かるので小型リールに強力PEテグスをセットして吊り下げる事にしました。このリールは3年前中国の天津釣り具ショーで入手しておいた優れものです。太鼓リールの下に1/2インチネジが付いて竿の底に取り付けるようになってます。常々何か毛色の変わった品を手に入れてTOYBOXにしまっておくのが商品開発の秘訣(シークレット)かも知れません。

モニターの背後に見えるのが秘蔵のリールです。

次にBi見逃サーズ30M巻き取り型を首に掛けると何とも首が凝ってやり切れません。それでたすき掛けにすると快適でした。これもベルト仕様への変更になりそうです。中々Bi見逃サーズは 終着に至りません。

いよいよ台風が荒れ出した7時頃やっと一通の手紙を書き終えて帰宅しました。釜石でご不幸に遭われた水産会社の社長さんに海底遺品探索協力をお願いしてみました。重ねてご非礼を詫びつつの気が重いお願いでした。

さあ明日からの渡米を待つだけです。

アスキーの合鴨たち

今日から7月。正真正銘の夏です。雨も上がったので由布院行。主な目的はアスキーの合鴨視察。今日は下手なエッセイより写真でいきましょう。

アスキーが変な声で呼びますと・・・

鳥たちが物凄いスピードで田んぼを走って来ました。

全部で7羽が小屋に揃いました。

少しだけ社会派になってオタマジャクシの調査です。

前回報告しましたがアスキーの隣の田んぼでは除草剤でご覧の通りオタマジャクシが殆ど死に絶えてました。一方アスキーの田んぼでは全部合鴨君の餌食で姿が見えません。いずれにしろ大量に生まれて少しだけ生き残る運命でした。