大島東市の話(その1)

さて1979年の終わりに中洲士郎は粟本の突然の退任で第2番危機(再失業の危機)が無くなりました。

だが日本化学発光は半分死んでいたのです。9月から工場は閉じたままの状態。まさに今度は倒産の危機です。何しろ大島の注文少なく液漏れクレーム多く製造停止やむなしです。近所のパートさんにも辞めて貰っております。

大島は日本化学発光を破綻させて会社を乗っ取ろうとし、士郎側は「ケミホタル」を「ぎょぎょライト」に切り替えて大島からの決別を企みます。

当然大島は危機感を募らせます。大島もエリートじゃありません。工業高校卒で久留米の電気部品会社に勤めました。大手電気メーカーの下請けで会社も惨めならそこの高卒工員は更に希望のない毎日です。

美人のかみさんが美容師で街外れで美容院を経営、いわゆる髪結い亭主で頭が上がりません。だが大島何としてでもこのままで終わりたくない。世に出たいとの思いが人一倍です。

脱サラして小さな小屋に独立の夢を託します。選んだのはゴム製品の集積地久留米でクッションゴムという釣具の製造販売です。安全確実な起業だが稼ぎは微々たるもの。始末に始末の毎日です。その男が海の物とも山の物とも知れぬケミホタルに爪に火を灯して貯めた全財産を注ぎ込んだのです。

では当時何故ケミホタルが大島にとってそれほど有望な商材だったのでしょう。

前回もお話ししましたが釣り具は小さな元手で開業出来ます。道楽の釣りをやりながら釣れる道具を開発して起業する人も沢山います。中洲同様釣り師じゃない大島は陸で獲物を嗅ぎ回っていました。そして超敏感な光るウキ獲得にターゲットを絞り込んでいたのです。それに人一倍負けん気の小男、クッションゴムの集金の度に釣り具問屋に値切られて「強力な製品でいつか彼等に頭を下げさせたい」と歯ぎしりしておりました。

針や糸や竿やリールはその道の専門家に任せるとして少しだけ夜釣りの電気ウキの話をさせて下さい。

1976年に中洲士郎が初めて夜釣りした時の電気ウキは松下電池の「サンライズ号」となります。単三マンガン電池の豆球が光源で夜釣りウキの定番でしたがこのウキでは人気沸騰中のチヌ釣りには使えません。そこで敏感な電気ウキの開発競争が巻き起こったのです。中洲が市場に参入した時はユアサ電池の海水電池を使った「銀ピカ」が松下電池を逆転していました。さすが松下、今度はリチウムピン電池を開発し発光ダイオードとの組み合わせで(軽くて明るくて球切れしない)「パナフロート」で勝負を決した時だったのです。松下幸之助はこの勝利に異例の社長賞を伝授した程です。

このリチウム電池だってアポロ計画の産物というじゃありませんか。これを直径2mmという米国の発明元も信じられない細さにして何と夜釣りウキに使うなんて日本人しかできない事業です。1979年7月発売のソニーウオークマンでも基本技術は全て外国でした。1979年のケミホタルの発売も負けずによく似ております。そしてこれ等3社は何と象徴的な存在でしょう。技術の視野がド広いソニーとド狭い松下そして父なし子で空に飛び出せない「びっこのアヒル」の日本化学発光です。

史上最強の「パナフロート」には店も釣り師も松下に頭を下げるだけでした。そんな時に恐るべき競合「ケミホタル」の登場に松下電池はビックリしました。パナフロートの唯一そして最大の欠点は釣り人がこだわる独自のウキの頭を光らせることが出来ないことです。釣り人はケミホタルの出現に喝采を上げました。ケミホタルを握った男大島は夢が叶い溜飲を下げます。

早速大手メーカー数社が動きました。米国のACC社にもオッファーを入れます。しかし「化学的にも発光できない」「物理的にもアンプルの製造は不可」「世界中誰にも技術譲渡はしない」との返答を得ます。従って大手メーカーのエリート社員は日本化学発光は特許違反しているからもうじき消えてしまうとの報告を上げたのです。しかし国内外の更に多くの男達が早速市販の「ケミホタル」を分解します。「人に出来ることは自分にも出来る」筈。だが皆原液の謎に頓挫してしまうのです。しかしその秘密の鍵は社外で大島も握っていました。「憎っくき中洲を倒すために他の相手との共同開発もありだ」と蠢(うごめ)きます。

「誰よりも早くACC社と契約に持ち込まなきゃ」と中洲は狙いを定めました。

当のACCは民間で売れないサイリュームが兵隊のいない日本で何故売れているのか不思議に思っていました。

勿論ケミホタルが出現する前から大会社で調査得意のエリート達は化学発光に着目していたかもしれません。だが誰一人栗本の様に自分で手を動かしませんでした。更にはACC側への姑息なオッファーの回答を鵜呑みにするのです。矢張り特許と法律の壁でしょうか。ここに大会社とエリートに共通の弱みがあるようで素寒貧起業家の狙い目は今後もこの辺りにありそうです。

身体を震わせて美味い餌に食いついた矢先、中洲士郎の奴が口から獲物を抜き出そうとします。

「この野郎。許しおかん。ケミホタルは俺の命だ」と叫ぶ大島東市です。1月のある日、遠賀工場の電話に大島の凄んだ声がありました。

「今自分の机の前に男が座っている。直ぐに顔を出せ」と。                              やって来た、やって来た。さあどうするか。

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