大島東市の話(その4)

大好きだった崔朝栄の話が長引いて大島危機が先へ進みません。

オフィスには少し垢抜けしない若い娘がいました。崔の身の回りの世話を焼いているという。崔の執務室は何の飾りも無く猟銃と刀が真っ白い壁に掛けられていました。その壁には5、6箇所穴が空いています。

「これか? ピストルの弾丸の跡だな」事もなげに答えます。そこにいる崔朝栄は修羅場で牙をむいて闘う別の獰猛な男なのでしょう。

「どんな仕事しているのか?」に答えます。

「なあ士郎、分かるか。この日本に俺たち三国人がまともに働ける場所などないのだ。パチンコ屋か金貸しかヤクザしかない。俺は金貸し業それもヤクザ相手の金貸しを選んだ」ヤクザも人の子、崔に凄まれておとなしく借金の返済に応じる姿が映る。

「事務所で迎え撃つのはいいとしても外での立ち回りは怖いだろう?」         「確かに怖いが車のトランクのゴルフバッグには何時も日本刀を隠し持っていて、これで相手を斬りつけると大抵の奴は参るよ。刀の不法所持で警察の取り調べを受けたが素早く刀は藪に投げ入れ (防戦したのはこの5番アイアンだ)と逃げたね。どうせ相手はチンピラヤクザだ。傷跡がゴルフクラブじゃないのは明白だがお咎め受けずだったよ」

ふと気が付くと我々市井の分別という鋳型の中に毎日押し込められている人間達にとってはこういう(有無を言わさない非常識な)世界に憧れが湧いて来ます。

崔の話に思わず引き込まれる自分の馬鹿さ加減に呆れていました。                「他にどんな商売やっているのか?」「取り立て屋だ。借金しながらつべこべ言ってドロンを決め込もうとする連中を見ると全く虫唾が走る。手形を不渡りにする常習者達も相手だ。本気で腹が立ってぶっ叩くこともある。借りた金は返す。それが当たり前だろう。なあ士郎」                                                                      この辺りになると小学校時代の正義漢崔朝栄そのままです。

「結婚はどうしたんだ?」「士郎。それよ。俺は悪いことをしたね。やっぱり嫁は朝鮮から貰えと諭されてソウルに行った。韓国語は全く話せないが日本で会社の社長をやっている朝鮮人2世という触れ込みでね。そうしたら韓国で大層由緒ある家柄の娘が紹介されてね。ついつい唯の金貸し業だとは打ち明けれずに日本に連れて来てしまった。全く悪いことをしたもんだ」こうなると崔朝栄は本当に無邪気です。小学校時代もそうでした。だから皆に好かれたのです。騙されて朝栄について来たその嫁さんもきっと崔に惚れてしまっただろう。

そうそう。朝栄と士郎、あの怖かった花田先生とも一番の仲良しになりました。

ところで肝心の大島東市からの脅し対策ですが「ヤクザは頭悪いからこんな問題は引き受けない。先ず金にならん話に出てくるわけがない。大島とやらは格好つけているだけだ。万一ヤクザが絡むなら警察への通報が一番。スネに傷持つ連中のこと直ぐに退散するよ」

別れ際崔朝栄「士郎も会社経営で大変だろうな。お前は夢を追えよ。何かあったら俺は士郎に命をかけるからな」と少し暗く呟いたように記憶しております。

確かに崔の見立ては確かでした。だが大島今度は別の角度から攻めてまいります。

その崔朝栄は10年ほど後命を落としました。崔朝栄を人違いしてチンピラが匕首で刺したのです。退院後彼と会った時は元気でした。肝臓に傷を負いましたが胴にサラシを巻いて動き回っているのです。士郎にシャツを開いて見せた白いサラシには血の滲みがあります。士郎が心配しますと事もなげに「時々少し出血するだけだ。そのチンピラの奴、人違いで刺した相手がワシだと知ってビルから飛び降り自殺しやがった」と。

その後暫くして同級生から崔朝栄の訃報が届きました。傷を負った肝臓が悪化して急逝したとの事です。全くなんという奴だ。

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