大島東市の話(その5)

 ブログが進むにつれて中洲士郎今更ながら自分のマヌケさを思い知らされ呆れております。人の話を直ぐに鵜呑みにして大抵疑うことがないのです。

諸君、特に耳打ちでもされた時は(何か裏があるかも知れない)と疑って、何なら無視する方が安全ではないでしょうか。

その代わり賢明と思える判断ばかりで事に当たると人生で世にも奇怪な物語に出逢えないかもしれません。この奇っ怪な事の起こりはこうです。

1980年1月大島東市騒動の最中、電話がありました。

「M百貨店の山本で~す。士郎さん元気~↑。東京に良い先生がいるから紹介したいの。東大理一から文転した法律にも明るい先生だ。そ~お。東京に来るの。それなら今度その東京釣具ショーに顔を出されるから会ってごらん」Mデパート外商部山本順一部長からです。

この男、曲者。外商部部長の名刺で日本中に人脈を張っており独特の嗅覚でマッチメーカーの役割を果たしております。商業高校卒ながら努力し営業で頭角を現して外商部部長に栄達しておりました。老舗のMデパートとは誰もが取引を夢み彼に取り入ろうとします。元来人一倍面倒見がいい山本のところに商品と人材とイベント情報が毎日のように流れ込みます。彼はその情報を操り利を得ております。それがデパート外商部なのでしょうか。

土台、有田のF社とは「第2の危機」で袂を分かっているからMデパート外商部とも縁が切れた筈なのに。だが電話の中で(その先生に大島との契約の相談でもしてみようかな)との考えがよぎったのです。何事も好都合な方に思考を進める悪い癖が出ました。

あの脅迫電話の一件から大島商会との契約は改定しなければ会社の将来が危うい。かと言って弁護士に相談できる内容じゃなさそう。そこで大島東市を懐柔しようと会って話をしてみました。

「色々煩わしいからいっその事、会社を合併して一緒にやらないか」との士郎の提案に彼の答えがふるっておりました。

「鶏頭となるも牛尾となるなかれだ。俺は独立を選ぶ」と応えたのです。(士郎と同じ会社では嫌だ。一緒になればこの士郎に牛耳られる)という訳か。高校の漢文の大石亀次郎先生からは「鶏口牛後」と習ったような気がするが兎に角「簡単にお前の都合いいようには行かんぞ」と言っている訳です。

それでどうしたものかと頭を悩ませていた丁度その時でした。オレオレ詐欺みたいに山本部長が電話を寄越して来たのは。こうして人は策略にハマるんですねえ。

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