大島東市の話(その7)

縁が無かった筈の青山先生からの静かで落ち着いた声です。「その後大島商会とはどうなりました?ふと心配になって電話しました」受話器を手に薄暗い工場を見回した程です。何だか透視メガネで見られているような気分です。

後に分かったのは青山がこの電話を寄越したのは彼の2度目の会社倒産でヤクザも混じって取り立て騒ぎの最中だったのです。あの時の清楚な女性「チーコさん」が機転を利かせて青山を建物の外に出し債権者を応接室に閉じ込めて外から鍵を掛けていたのです。

青山は史劇作家、演出家、そして彼女は史劇のヒロインでした。100人もの大所帯の劇団パロックの維持は並み大抵ではありません。団員達の私財を取り込むにも限界があり下手な事業に手を染めます。見栄っ張りの青山教祖のもとで借金は膨らみ続けました。そこでM百貨店山本部長と図り「日本化学発光」奪取を目論んだわけでした。

極楽とんぼの中洲士郎電話から戻り仲間に告げます。「神様の思し召しか。東京の凄い先生が大島のこと心配して電話を下さった。この先生に相談してみる」

中洲は青山を博多に呼んで大島と対面させました。青山の圧倒的な存在感の前に大島は職員室での小学生のようにかしこまっております。

「この契約書では大島商会の権利は法的に保証されないから作り変えて上げよう」との青山の優しい言葉に素直に頷きます。

すると青山、テーブルの原稿用紙に万年筆で一気呵成に契約書を書き上げました。一字の修正もなしです。サッと両社の署名を取り付けました。

これには契約の解約条項と補償金規定が盛り込まれております。(1982年相当の金額の補償金が大島に支払われて契約が終了しました)

先生の腕お見事。なるほど彼は東京理科大学講師、英文学者、高名な劇作家、役者、心理学者おまけに詐欺師だったのです。結局日本化学発光の収益の大半が大島から青山へと流れが変わっただけでしたが。

怪人青山は士郎にこぼします。「ああ嫌だ嫌だ。俺はあの小商人の無知な大島を騙して彼の得べき利益を掠め取っている」と。数年後「チーコさん」にこぼしたのは「生まれてこの方これ程人に利用された事はない。中洲には本当にやられた」と。中洲士郎人生でこれ程の賛辞を得ようとは。

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