中洲若子の話(その6)

若子が死んで葬式も終わりかなりの虚脱状態の中で「さあこれからどうしたものか」思案しました。それに2013年から又しても会社は存亡の危機に立たされております。12番と13番の悪者が相呼応してまさに芸術的にルミカ事業を奪取せんとするところ、とても若子の弔いどころじゃありません。

しかし2013年11月14日若子があの世に旅たち14年4月10日は生きとれば88歳の誕生日。ここは意地でもなんとかしたい。やらなければ後で後悔する。「何時もの思考パターン」です。中洲で35年間気を吐いてきた「ひとりの女」の死を告知しない訳にはまいりません。知らせれば誰彼の胸に若子が去来するでしょう。じゃあどうやって知らせようか。思案しました。答えは10年前に閉めた若子の執着した店「赤ひょうたん」を改装し再開して若子の魂を慰めることでした。2014年4月あらゆる蔑視と抵抗に抗っての狂った船出です。

勿論中洲に同情して仲間の数人も助けてくれました。しかし愚行中の愚行、大変な労力と出費でどれだけ中洲若子の鎮魂になったのか。この鎮魂劇での顛末から「中洲若子の話」を拾います。

2014年3月17日改装なって人形小路のお隣さんや店の前を通り過ぎるお客が店のウインドウに記された次の奇妙な挨拶文を目にしました。

                         ご挨拶

私、中洲若子は昨年11月14日あの世へ旅立ちました。生きとる間皆様には大変お世話になりました。経営が苦しゅうなって店閉じて10年「人形小路」にはご不便おかけして済んまっせんでした。この度やっと息子と嫁が赤ひょうたんを再開します。昔の様にどうぞ「ビールば一杯飲んで行きんしゃい」

                      

                    中洲若子

                     ご案内

      4月10日(若子誕生日)開店

      3月20日-4月9日若子お別れ会

中洲一筋の女将若子が33年間守り育てた「赤ひょうたん」の灯が消えて10年。どうにか再開にこぎ着けました。4月9日まで「若子お別れ会」期間とします。ご近所の方、赤ひょうたんと若子をご存知の方、どうぞ立ち寄って若子の魂を慰めて下さい。ド素人がぼちぼち店作りを進めますのでご助言お願いします。

                            平成26年3月17日

                            若子の息子新店主

                                    中洲士郎敬白

ポップコーンバル

赤ひょうたん

電話291-4718

「憎いばってん品いいや。どうぞ来てみんしゃい」

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