アイパオの話(その10)

7年半前に東日本を襲ったあの恐ろしい津波は日本人の心に到底癒えない傷跡を残しました。日本という地震国では太平洋岸なら10メートルもの高さの濁流が一切合切を飲み込んでしまうことを東日本で目の当たりにしたわけです。地震が午後2時46分じゃなく真夜中なら首都はどうなりましょう。長らく我々の心から厭世気分が消しきれないのは当然です。

今回のアイパオ第10話は「出陣式」の話です。

2011年4月12日いよいよ古賀市にあるルミカ本社の駐車場で仰々しくも東日本大震災支援活動「出陣式」を取り行ったのです。その救援活動の模様を書き残す段になって思考が頓挫しました。何を書いても読み直すと白々しくてブログにアップ出来ないのです。沢山の人達を海に押し流しながらそれらの犠牲を省みていない無為無策を書いては消しておりました。

そんな時に待ちに待った昨日24日の朗報です。約束通り大連金州の相棒からアイパオのプラスチックの柱と梁サンプルが大連新工場に届きました。東北支援出陣式でトラックに積み込んだアイパオは未完成だったようです。それで新型アイパオの開発を目論みました。下の写真のこんなプラスチックで御殿を建てちゃいます。それも3時間の記録を狙って。

この美しい日本で自然災害は避けられません。しかし地震が津波が引いたら家族が揃って空き地に飛び出し建築許可の要らないアイパオを明るいうちに建て終わります。そして日が暮れたら空調の効いた2階建てパオで家族一緒に鍋をつつくという図式でした。「子供達のために黙々と汗を流す昔のオヤジを取り戻そう」と。

それらを期待しての2011年4月12日の東北行でしたがあまり上手く行きませんでした。いや作業の楽しい写真を眺めると少しは成功したのかも知れません。それらを例によって布団の中で色々考えるうちにPVC異形押出成型が閃いたのです。

この「アイパオの話」では東北で経験した苦心談をボチボチ記載しながら今度の新型アイパオの開発模様を実況中継します。東北戦では敗れましたがトラウマを少しでも消して次の自然災害に立ち向かいたいものです。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください