アイパオの話(その13)

会社の若い男の出勤途中、彼の車のエンジンルームにしがみ付いてやって来て拾われた仔猫、中洲同様生まれ育ちが悪いだけにヤケに生命力が強い親猫に育っております。

その野良猫の「スズ」がしょっちゅう開発館で仕事の邪魔をします。先日スズも交え相棒のオーノ、ヒメノ、イワモト3人を集めて「新型アイパオ」の開発決起集会をやりました。事前に召集令状出していたので着席するや「一升飯喰らいのイワモト」が「世の為人の為ですな」とニヤリ。もうすぐ大連からサンプルが入荷、来年2月までに完成します。大連の張老人の教えを得て「魚植共生パオ」を世のホームレスに住まいと仕事を提供する哲人の道に踏み出すのです。

となると2011年の東北作戦の顛末を手短に書き残して夢の舞台に愛する読者を誘わなければ。

茨城の高萩に取得した新工場にエアーベッドやジャグジーそれに韓国からの軍用折りたたみベッドの類いがコンテナーで茨城工場に届きました。ヒッチハイクで福岡に戻ると直ぐに上海に行って買い付けたものです。これら救援物資と見苦しい五棟のビニール小屋を残されて困り果てた工場のスタッフを後に2011年5月から東北転戦です。

第1戦は岩手県大槌町に救援物資の保管倉庫作りです。5月15日朝4時起床6時茨城工場から遠野に向けてプロボックスという社用車で出発。津波によっていい様に生活の全てを破壊された跡が晴天の中でキラキラしています。気がつくと空中に沈殿する異様な匂いに鼻の粘膜が酷くやられて障害が起っておりました。

大槌町の避難所に入り責任者と協議。風呂が欲しいが「瓦礫の中でも洗い水を下の土地には流せない」と。「この非常時に」とバカバカしくなって退出。

そこの避難所の自慢の小屋(写真)に呆れる。

結局ふれあい広場に作業小屋(移動美容室に落ち着く)を建てることに決定して夜中茨城に帰還。

翌朝4時トラックで再出発。

ふれあい広場では海外からのボランティア10名ほどの手助けがあって日暮れ前に完成(写真)


疲れ果てて宿を探すが何処にもない。結局オーノの運転で4時間、花巻温泉にたどり着く。感じたのは心根優しいボランティア達を受け入れる設備と彼らを大切に思う気持ちが皆無のようでした。現地ではどうしていいのか思いが回らないようです。道端でシュラフに身を包んだボランティア達の為こそパオが必要だと思いました。

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