アイパオの話(その58)

今日は楽しいお話、野菜船の近況報告です。

カボチャがねえ。船ではご飯が足りないと野菜船の外の茎から根を吹き出して2匹の鯉の排泄物を取り込もうとその白い根を1m程もプールに張り巡らしておりました。蔓は一日で30cm以上も伸びてもう直ぐグランパオを周回します。実が大きく重くなったらどうなるのでしょう。ナスビも頑張ってます。このナスビ可愛いでしょう。前足が付いてて顔は猫みたいです。

ひ孫に自慢する新製品

(その5)周遊型魚植共生アイパオ

写真でご覧のようにグランパオプールにプラダンの箱を浮かべて野菜が育つことが分かりました。そして船の外でカボチャの新しい根っこが鯉からの栄養分を吸い取って凄まじい成長です。これを目にしていよいよ本物の魚植共生に挑戦することに。仕掛けはこんな具合。ドーナツ状の水槽に12個の改良型船、名付けて魚植共生船が塩ビパイプでつながれ液肥と水槽の汚れた水が11艘の魚植共生船内を循環します。水質のコントロールは一艘だけですから管理も大変楽になります。強い水流のドーナツ型水槽で魚達は毎日がオリンピックですね。

一足先に2匹の野鯉がグランパオプールから転居を終えました。「連環の計」の材料ももう直ぐ届くので今週末には回転魚植共生アイパオの完成です。ヒメノさんのトマトに今度は勝ちたいものだ。「なあひ孫よ、社内では中洲以外でこの世紀の一瞬を待ちわびる輩は誰~れもいなかったね」

完成間近の周遊型魚植共生アイパオです。
一日に30cmも伸びるカボチャとルール違反の根っこ
羨ましいヒメノさんの見事なトマト

アイパオの話(その57)

ひ孫に自慢する新製品

(その4)秘伝のタレのカツ重

この前の日曜日次女と孫を連れて由布農園に行く途中久しぶりに「鰻のせいろ蒸し」の贅沢をすることに。

中洲は鰻なら柳川の本吉屋か若松屋に限ると頑として浮気しない方針だった。ところが老婆(ラオポ)が途中、次女の携帯に指示「久留米の大善寺の富松が安くて美味いそこに行け」と。

グルメ中洲の評点は柳川の方が鰻がふっくらしてそれに喉越しの甘味が微妙に違う。ただその差500円が妥当かと言えば微妙なところだ。しかし富松でも「秘伝のタレ」を柳川同様売り物にしてコロナなんかどこ吹く風と大賑わいだ。ザッと見積もっても100名5回転で年3億円の売り上げは固そう。

その昔から農村の一画に宿場町が栄え一膳の飯に数回分の金を奮発して庶民が浮世を楽しんできたのだろう。日頃ケチの中洲もその一人で美味い「鰻のせいろ蒸し」にはだらしなく懐が緩んでしまう。

「う~む。ヤッパリ飯屋だ。秘伝のタレだ」せいろ蒸しを食べながら閃き傍らの次女に持ちかけた。「今度会社の将来を考え平均年齢65歳・ゴクツブシ軍団を引き連れ由布農園でグランピングビジネスの新会社・ぎょぎょランドを創業しようと思う。そこの目玉に秘伝の味を出したい。うちの婆さんのあの秘伝の味のカツ重はどうだろう」と。

そりゃ美味い。今年の4月新入社員の由布院研修で皆に「秘伝カツ重」を振る舞ったが誰もが驚嘆の声を出す。その前夜老婆(ラオポ)がぶすくさ文句垂れながら夜中まで仕込んで2Lのペットボトルに詰めて翌朝中洲に手渡したのが「秘伝のタレ」「これはねえ45年前川崎の元住吉に住んでいた時ウチの前の太郎のおばさん(飼い犬の名前が太郎か?)に絶対に口外しない約束で教えて貰った秘伝のタレよ」と初めて打ち明けられた。

由布農園で新人研修会。手前に見えるのが秘伝のタレのカツ重

次女にその秘伝の由来を声をひそめて聞かせたら「何言ってるの、私もしょっちゅう作って食べてるよ。母さん炊事場に段ボールの裏にそのレシピを書いて貼ってたじゃん」ヤバい。「今後は絶対口外してはならん。婆さんだけしか知らない秘伝のタレのカツ重として売り出すからな」

鰻より美味く値段も安くすりゃきっと由布農園に行列が出来て老兵たちの懐も少しは暖かくなろう。だがこの話の前途は少し危ぶまれるので一応、ひ孫に「今にときめく名物料理の由来」として書き残しておこう。

アイパオの話(その56)

ひ孫に自慢する新製品

(その2)水耕栽培アイパオ

さて今日は水耕栽培の話です。中洲のような妄想家なら必ずカブれるのがこの水耕栽培。中洲流イカサマ水耕栽培が20年経った頃ひ孫に自慢できるかも知れません。

1998年に由布岳の麓の荒地2000坪をインチキ業者に買わされて以来20数年、半分は岩と石ころで養分のない土に鍬をふるってつくづく感じるのは「農業ってのは割に合わん仕事」です。特に野菜なんか農家は雑草と戦って最後の収穫時が更に大変。洗って揃えて夜なべして僅かの代金貰った野菜が都会の店頭に並びます。しかし丹精込めたその野菜、一日経って少し傷めば生ゴミへの運命です。

店頭で野菜を水耕栽培して生きたまま主婦が収穫して買えばいいのに。そんな水耕栽培開発を西部劇のゴールドラッシュさながら一攫千金を夢見る連中に中洲も紛れております。そして毎週末にアイパオ農業開発が始まったのです。

マンハッタンのビルの屋上での水耕栽培や最近では西友が空き部屋で栽培したレタスをデパ地下で売ってるなどの話題が日経ビジネスのネタとなってます。アフターコロナの予感を読者に伝えようとの魂胆でしょうか。だが実社会ではiPhoneのようにセキを切って普及する気配がありません。理由は簡単、タカが100円の野菜作って売るのにLED照明や高額の設備に馬鹿げた投資です。アイパオを持っていない農業未経験の社長から命令されたサラリーマンに開発出来るネタじゃないのです。

国交省の邪魔の入らない10㎡で太陽光が燦々と入る風雨に強い清潔で美しいアイパオが20万円で市場に出て初めて農業革命が起きます。他にもヒメノ式ソーラー遠隔操作、コミヤ式センサー、ドガワ式自動運転それに中州式ボカシ液肥などの小道具も水耕栽培には不可欠です。現在のコスト60万円ではまだ話題作りですね。

以下妄想。ひ孫の時代にNYの市長が人気を得るためにマンハッタンの街頭に沢山のアイパオ野菜小屋を建てたそうな。その目的はニューヨークっ子達に新鮮な健康野菜を提供することと政治的に厄介なホームレスをその小屋の運営に充てて自立させることでした。金持ちホームレスの誕生です。この街角ニュースを知って日本政府が大金払ってそのコンテンツを日本に持ち込む話が持ち上がっているという話。如何でしょう。

街角なら写真の小さいサイズのキャンパオでしょうか。

グランパオだと結構大きいのです。しかも建築許可が要らない。

この野菜小屋では33段の棚があって一つの棚でレタスなら25個、合計800個のレタスが並びます。別の空き地のグランパオで栽培して逐次補充しますから一個100円なら一回8万円の売上うまくすれば月に200万円も夢じゃない。

これから起業するならアイパオ水耕栽培小屋ですよ。中洲は33歳の時、会社辞めてケミホタルなんてきわどい商売始めましたが。子供の学級預金まで使い込んだような危険犯す起業は今の若者には勧められません。中洲も先にこの野菜小屋の話知ってたら絶対これを選んでいました。

思い出したけど次女が小学校2年の頃の作文「ウチのお父さん」で「ウチのお父さんは何処かで働いていて時々蛍光灯(ケミホタルかブレスレットのことでした)を家に持って帰ります云々」だと。「美味しい野菜を持って帰ります」の方が家族団欒にはいいですね。

アイパオの話(その55)

久しぶりのブログ更新です。飲食や旅行業界同様コロナ禍でエンタメ市場も干し上がり会社の業績に赤信号が点滅するこの頃です。ここは何としても中洲の面子にかけて新製品をヒットさせなきゃ・・と。

それで都合よく来客も会議も少ない1週間のうち6日間は開発室、残る1日は由布農園での農作業、と新入社員のような規則正しい日々の一年半です。だが・・・一向に新製品がヒットしない。腕が鈍ったのか、元々開発の腕が無いのか?と自問しながら終いには「しゃ〜ない会社潰れても命を取られるわけじゃなし」と、開き直ることに。

それでもコロナの奴に一年半も縛りつけられると世界が違ったものに映って参ります。 「すべては子供たちの安全で楽しい明日のために」というスローガンが新人のオカモト君から生まれその蔓が伸びて「中洲の商品開発は時期尚早で現代人の目には止まらんから死後の楽しみよ。」とは中洲甚句。すると何となくですが打撃不振でも愉快になっております。

まあ期待の新製品が大ヒットしてればこんなキザな物言いしないんですが。

これから数回はそれら売れない新製品開発の近況報告です。それとひ孫の時代になってヒットしたら「これはお前のひい爺ちゃんの発明だぞ」と自慢できるようにこの中洲ブログに開発の顛末を残します。

さてそのひ孫に自慢する新製品

(その1 )野菜船

唱歌に出船があります。いい歌ですね。こちらは野菜船。気楽な農業です。ここは木が生い茂り畠も作れない海や川や池の辺り。そこの住人が細いロープを手繰り寄せるとたわわの「野菜の木」が小箱に生い茂っております。トマトやナスやレタスや南瓜それに可憐な花まで。みなもを渡る風と水温は野菜の生育に最適。野菜船を観察するとプラ段の蓋の発泡スチロール板から堅牢な野菜の幹、傍に見えるのはソーラーエアポンプと液肥注入チューブ、所有者の名札と細いロープだけ。液肥は子供が生ゴミや糞尿を発酵させて抽出した透明のアミノ酸です。隣の箱は魚の生けすでその排泄物が野菜船に循環するように子供が造作中です。この野菜船一艘は精々500円。

由布農園で週末農作業すると少し馬鹿馬鹿しくなります。散水もすき込む堆肥もその90%は地下に染み込んだり雨に流されてしまいます。だから丹精込めた今年の「島らっきょう」も足長美人に育ちません。じゃあそれらが無駄にならんように工夫したらいい。畑耕すのも難儀なことよ。そこで思いついたのが野菜船でした。

オールドナカムラが仕事サボって近くの川で釣ってきた2匹の大鯉が楽しく泳ぐ古賀の会社の駐車場のグランパオのプール。そこに間借りしている野菜船の写真をご覧ください。

会社の可愛い娘たちの名前を船名に掲げてますが彼らが世話にやって来る気配はありません。

ついでにヒメノさんが真面目に栽培している水耕栽培トマトのグランパオご覧ください。野菜船より1ヶ月先輩ですが見事な生育振りです。この次近くの保育園の園児たちが汽車ポッポロープに繋がって前の道を通ったらトマト狩りさせましょう。

次回は中洲流水耕栽培の話です。

アイパオの話(その53)

4月29日札幌出張を終えて帰福の朝です。「仕事ってこんなに楽しいものか」と運転中の若い石橋君に共感を強いながら札幌郊外の「茨戸川緑地」に向かっております。

北海道は他所の日本と違って空と大地が広い。もしも歴史の中で日本に北海道がなければ、もしも敗戦で北海道が他国の手に渡っていたら日本は息が詰まる窮屈極まりない島国でした。ここは文字通り息抜きの大地です。土地柄か北海道人は気持ちがおおらかで新しい事に直ぐに興味を持つようです。その昔夜釣りの光「ぎょぎょライト」が真っ先に遠い北海道でブームになったのも頷けます。だから中洲最後の事業「アイパオ」もこの北海道に賭けることにしたのです。

そしてここは何より食材がいい。相棒の石橋君が「ワタシ北海道のジャガイモになりたい」との奇妙な言葉が農場主の藤井さんやその仲間たちに大受けしたので今回の同行となりました。実は今回のプロジェクトはこれまでで一番非現実的で事業性は限りなくゼロ。それで藁にも縋る思いで引っ張り出したところ至誠天に通じたのか正に奇跡的な展開になったのです。

こんなエキサイティングな話は滅多にない事。皆様しばらくライブで実況しますから是非一緒に楽しんで下さい。それにしても怠惰な日常にこのコロナ騒ぎでしょう。生きるのさえも些か辟易されておられる御仁にはこの究極のプロジェクトご参加をお勧めします。我らが残りの人生はエキサイトするためにあるのですぞ。

世の為人の為になって、面白く、且つ飯が食って行ける仕事を作り出したい。そんな夢見たいな話が現実のものとなろうとしているのです。例によってイカサマの匂いふんぷんの中で展開して参ります。

今年の2月末に奇抜な「ワカサギとれた小屋」を茨戸川(バラトガワ)雪原に作った福岡人が今度は「アイパオをタダで100棟ほど建てさせて下さい」と昨日再びやって来たのです。元来縁もゆかりもなかったその風来坊の話に乗って車で農場の中を、次は石狩川周辺の原野を散々走り回っての立地調査でした。雪原になると風景が一変する北海道の魔力でもっても「こんな所にアイパオ建てて人が来てくれるかなあ」と不安が募って参りました。

・・と。車は細い道路だけがよく整備された「自然のままの公園」に入りました。入ったら直ぐが少し場違いなパークゴルフ場。平日なのに 100人くらいの年配者が楽しそうにプレイしていました。札幌市が運営する「茨戸川緑地」だそうです。広い。数十ヘクタールはあるビオトープ主体の自然公園です。もう少し森林が生い茂るなら、その昔老婆(ラオポ)を連れてフィンランドで歩いた自然公園そのもです。日本にも立派な公園文化が育ってきているのでしょうか。しかし焚き火厳禁の看板の自然公園にキャンプのテントはおろかアイパオ建てるなんて事業主からは到底許可出る筈のない場所です。

安西さんの運転の助手席で藤井さんが「死んだ親父がねえ。広い農地を市に譲ったけどせめて記念にと少しだけ残したと言ってたが・・・」と。そこでその藤井さんの所有地を探し求めて細道をグルグル回ることに。変な話ですね。自分の土地が公園の中にあるなんて。それにしても鷹揚なもんですねえ北海道の人ってのは。「あれーこれか。ちゃんと柵がしてある・・・」何という事だ。これからとんでもない事がここから始まるのです。

生きてるとこんな面白い瞬間があるのですね。これは皆さんと是非共有しなきゃ。

ホテルで昨夜ビジネスプランを練りました。そして今朝相棒の石橋君を引っ張って夢に終わらない事を確かめに来たのです。これから世にも可笑しな物語を皆様と一緒に紐解いて行きましょう。

先ずその場所とは

プロジェクトの名前は「防災グランピング」この名前だけで中洲が何をおっぱじめようとしているか想像して下さい。明日そのプロジェクトの詳細をお話しします。

アイパオの話(その52)

今回は大ボラの極み「テスラへの道」です。

札幌の騒ぎが収まると次は遂にアイパオ事業の天王山、戦場の兵庫県赤穂市の野外活動センターに移動です。

札幌から大阪に入り翌早朝大阪支店から車3台助っ人総勢12名がピクニックを兼ねて兵庫県赤穂市へ向かいます。

例によってイワモトの暴走運転に肝を冷やしながらTVのキャスターに語る妄想です。

「この僅か15年の間に米国で素寒貧だったGAFAの起業家達、それにテスラのイーロンマスクが世界の経済地図を塗り変えてしまいました。行政とグルって怠けた日本企業は完全に取り残されてしまったのです。だったら急いで彼らの成功の方式を取り入れて新分野を開拓し次の15年で事業を先取りしなきゃ。だから我々はアイパオを引っ提げてハウジングで(テスラへの道)を歩もうとしているのだ」と。

何の事はない。大赤字でのアイパオセールスが始まった言い訳に、イーロンマスクが4台の新型テスラを莫大な赤字でセールを開始した部分だけを真似ただけですがね。

まあとにかく我がグランパオ2棟が世にデビューするのです。しかも瀬戸内海国立公園に姫野設計オーシャンビュー仕様で。

果たしてアイパオは建造物か移動小屋か即ち国交相の縄張りか経済産業省扱いの商材・テントか否か。この1ヶ月間国交省の出先にイチャモン付けられましたが遂にこれの阻止に成功です。国交省はこれを取り逃し禍根を残すでしょう。東日本大震災10年災害復旧に不可欠なハウジング開発を一歩も進めず妨害さえしたエリート達です。

「アイパオは素早く建てて快適に住めるが確認申請不要の建築物です。この度国交省の英断で国立公園内に建設許可が降り瞬時に立ち上がりました。これで防災後進国ニッポンの汚名返上です」

3月7日静かな瀬戸内海に臨み夕陽に映えて佇む2棟のグランパオ3型を1人の青年が満足げに見入っております。岡田君とだけ称しておきましょう。彼こそ大功労者です。1年前アイパオに惚れ込み社内の冷たい視線の中でプロジェクトを立ち上げ国交省の妨害にめげずに彼がGOサインを勝ち取ったのです。

「岡田さん。どうですか?満足しましたか?」の問いに好青年はコックリ頷きました。

アイパオの話(その51)

3月に入りワカサギ釣り小屋のアイパオが釣り人に大好評との連絡を受け胸が躍ります。何事もそうですが現地現場で初めて分かることばかりで男女の中同様に実態は大抵事前の想定とは大いに異なるものですね。

今回判ったのは国交省管轄下の河川とはまあそこのお役人の所有物みたいな物だと言うこと。だからその河上の氷や雪にに勝手にテントでも何でも固定しちゃいけないとのお達し。逆に言えばソリを履かせて雪上を移動できれば文句は言われないということです。

それじゃという事で今回は急遽ホームセンターでコンパネ買ってアイパオの床にソリを付けました。しかし出来がイマイチで滑りが悪いのです。そこで又夜中に例の妄想が起こりました。アイパオに車輪やキャタピラーを履かせ屋根にソーラーを取付け蓄電池を据えて電動で雪上を動き廻らせます。そうすりゃ場所代払わずに釣りや結婚式やコンサートがやれるのです。

札幌の茨戸(バラト)川沿いのあの農園に出資して100軒のアイパオ建ててイベント業始めれば儲かるに違いない。妄想に駆られ居ても立っても居られず札幌に再びやってまいりました。氷が緩む前にアイパオを川の土手に移動して喫茶店に衣替えすることにしたのです。「アイパオなら年中稼げますよ」と。

前回同様至れり尽くせりのもてなしを受けながら親しくなった河畔の農園経営者F氏とこの妄想を共有します。今度は北国の河畔に5000万円投資して100棟のアイパオを建てイベント業を始めようとの企み。「やれやれ又かあ」と会社の経営陣の溜息が聞こえるようでしたが豪雪後の真っ白い雪景色の中で農場主と夢を語り合うのはとても愉快でした。中洲の喜寿は今回の一連の札幌詣の中、老婆(ラオポ)と祝いもせずに過ぎてしまったのです。

雪上車で引き上げられ喫茶店に変身したアイパオです。

アイパオの話(その50)

2月21日札幌でアイスフィッシング用のキャンパオ 2型を建てるとその帰路今度は大阪でメディカルジャパン見本市にコロナ対策新製品の出展です。ここではキャンパオ3型が活躍しました。

見本市は殆ど会期3日間ですがわずか30㎡で出店料が200万円余りブースの設営費は粗末な仕様でも100万円少し手をかければ300万円も掛かります。コロナ禍で来場者少なければとても割に合うもんじゃありません。

そんなに金かけて若いのが来場者にいい加減な商品説明をするのを見るたびに無性に腹が立っておりました。アイパオの開発の動機の一つがこの見本市対策でした。自らブースをこさえて飾り付けをしその小間さえも新商品にして売り込み終われば自分たちで解体して持ち帰り今度は支店内に設置するのです。浮いた費用の一部で期間中の豪勢な会食費用が賄えます。

この数年社内で相当ブーイングも有ったようですが無視しました。そして今回は新入社員5名に全て任せることに。社会人1年の記念事業と銘打ちました。

しっかり計画を立て資料を作成し練習して見本市に臨み清々しい応対する新人達の姿はベテラン連中への強い刺激です。

素晴らしい出来にニンマリ。次は新製品をヒットさせることですがこいつが更に難しい。

アイパオの話(その49)遂にリリース

ここは札幌郊外茨戸川の川面、厚さ40cmの氷の上一面に雪が覆った広大な雪原です。夜8時を過ぎて先ほどまでワカサギを拾い食いしていたキタキツネも姿をくらまし目に動くものは闇を引き込む雲だけです。次第にキャンパオの明かりが輝いてまいりました。緑青黄色のpcカラーパネルを通した光が雪の上に放射模様を描いております。いよいよアイパオのリリース開始です。

アイパオの話(その48)

考えてみれば誰にとっても人生は人との出会いが全てのようです。人生の幕引きが頭をよぎる年になりますと新たな出会いには少し憚られるところがありますが。

昨日14日対新型コロナウイルス非常事態宣言が一部地域を除いて解除されました。何より嬉しいニュースです。しかし4月7日に発令されて8日からジムも休館となり海外出張も1月9日大連行き以来4ヶ月も日本に居残って皆さんと同じく生活のパターンが一変しております。

お笑い演芸で唯一好きなのは志村けんさんの「馬鹿殿ご乱心」でした。その志村けんさんがが3月29日70歳でウイルスにやられて消えてしまわれました。人ごとと思えない死でありウイルスの怖さでした。それと4月16日には20年以上も一緒に仕事をしてきて技術問題なら何でも相談に乗ってくれていた野見山君が突然逝ってしまったのです。まだ56歳でした。否応ない訃報の一方で新たな出会いも生まれます。老婆(ラオポ)宣うところ年相応に身仕舞しとくべきです。かと言ってヤッパリ手放せない新たな出会いがあるのですね。今日はその出会いの話です。

今年の1月17日横浜で全日本釣フェスティバルが開催されルミカは不相応な広いブースに5棟ものアイパオを展開しました。そこに突然セネガルの青年が出現し翌月の大阪釣具ショーにもくっ付いて離れなかったことを報告しました。サッカーで鍛えたゴムまりのような筋肉、英語仏語スペイン語日本語それと母国セネガル語を流暢に操り何よりも人類生誕のアフリカでキラキラ輝く瞳を失わない男です。彼がアイパオに一目惚れしてアフリカで家と仕事がない人々に中洲と一緒に商売したいと言うのです。少女に散髪を教えて風が通る高原に小ちゃな理髪店を開業させたいとの中洲の絵空事を真に受けて中洲を促すのです。彼がその出会いに思えてなりません。

そのアフリカの暑く不潔な密集地で新型コロナウイルスが急拡散しているというニュースに誰もが心を痛めます。何とかしなきゃと。

今年の新入社員5名は揃って社会派でクラウドファンディングまで持ち出す学識者もいます。

社内の古参者相手に1月29日来たるパンデミックに抗うべく二酸化塩素香製品開発の進軍ラッパ吹き鳴らすも従者は疎ら。時間だけが無為に過ぎる悔しい4ヶ月でした。それでもヤマテやヒハラの努力で幾つかの新製品が生まれました。

その中のパワーミスト30&50を懐に名月を抱いてアフリカの野を駆け巡る夢が老体を突き動かします。この世に生を受けて一度はアフリカを肌で感じたい。セグチ女史と一緒にその仲間に加わるのはどなたでしょう?

セネガルの好青年

彼が惚れ込んだアイパオ