裸のウイルス(その5)

「東京出張ならこれを忘れんように」「・・・使い古しじゃないだろうか?」続けて「これは新品で、備えの最後の一枚。使い方は針金上に折り曲げて・・」透視心理術名人の老婆(ラオポ)に白いマスクを手渡され送り出されたのが先日の夜明け前。マスクなんて息苦しくむさ苦しいので中洲には一度だけ僅か数分間の着用経験しかないのです。

さて後ほど世間のマスク着用を愚弄するとして,勇んで入った始発便の福岡空港です。人影が異様に少なくしかもどの人もこの人も全員マスク姿。マスク無しじゃ異邦人どころか人非人と侮蔑されそうな雰囲気です。特に若い娘のマスクの上から覗く冷た~い眼差しからそう感じました。

それで止む無く先程のポケットのマスクを掛け少しだけ老婆(ラオポ)の先見に感謝しました。だが不快だから鼻を出してダテメガネ宜しくダテマスクです。

「な~るほどマスクとは自分のツバキが相手にかからないように」とのエチケットグッズなのですね。だから鼻の下着用が正道です。どうせ飛散して来るウイルスは絶対にマスクを通り抜けて口腔に侵入するのですから。

前置きが長くなりました。昨日の布団の中でのリビューです。確かにクエン酸の水滴に乗った二酸化塩素なら眼前のウイルスだけでなくどんな隙間に隠れたウイルスも確実に撃ち落とせます。だが換気と同時に二酸化塩素が風と共に去れば次に侵入したウイルスにとってそこは楽園の筈。だから思案を続けたのです。そして同じくマスクもそうで「ウイルスす~いすい」じゃマズイのです。

『少しは穴が開いてていいから薄いのり状の二酸化塩素被膜が覆いかぶさって所定の時間二酸化塩素ガスが0.01ppm発散続ければ良いじゃないか!!』

「じゃあどうやって?」「噴霧する水滴の粘度を調整するのだ」な~に簡単な事。粘度を少しづつ変えたサンプル10本ほどこさえて例のアイパオの中で噴霧して換気した後の床面の二酸化塩素濃度を測定して適正粘度の配合を決定すればいい。

マスクだってそうです。これも先日のこと。誰か忘れたが会社の女性社員が面白半分に「二酸化塩素香スプレー」で自分のマスク外してシューッとひと噴きしたら・・本当かな?「あーら臭い匂いが消えている」って。中洲は完全に嗅覚失っているから「自分のマスクの匂い」なんて想像付きません。もしもこれが事実ならウイルスシャットアウトだけでなく口臭封じにもなるのです。二酸化塩素は世のマスキングの消臭剤と違って臭いの元を分解するから。こりゃ朗報だろう。「マスクの反復使用には二酸化塩素香」だって。

さてお終いに中洲流美学について。中洲はあの白いマスク姿,特に若い女性たちのマスク姿に我慢ならんのです。そりゃ中洲士郎のような老いぼれに「間違わないでよ、私は老いぼれに全然関心ないのよ」という情け容赦ない意思表示なら分かります。

しかしマスクの上の2つのギョロ目で聞き取りにくい声。大抵の美女も○○と言えば差別用語になるからシコメと言いましょう。まあそれはそれで胸が動悸打つことなく「我が心のどけからまし」とホッとしますが。しかし若い男女2人がマスクして互いにスマホ弄っているのを見ると「サッサと別れりゃ良いのに。それともスマホで会話してるのかな」「アンタねえ。若者にいい世話焼きなさんな」又しても透視心理術の老婆(ラオポ)のため息が聞こえるようです。

裸のウイルス(その3)

アシモフ先生が仰るようにウイルスは半生命の化学物質だから1000倍大きい細菌と違って駆除に大量の殺菌剤散布など不要じゃないでしょうか。代わりに二酸化塩素など酸化力の強い分子で核酸と化学反応させて非生物にすれば済むでしょう。マスクなんか通常では全く効果ないけどこれも手を加えて少しでも役立つように工夫した方がいい。これが前回の中洲の提案でした。

さて今日の仕事はウイルス撃退法即ち感染予防法を皆様と一緒に編み出すことです。

先ず二酸化塩素が劇的にウイルスに効くというエビデンスがどうしても必要です。この課題に中洲士郎この1ヶ月悩まされました。しかもコロナウイルスの検体は厚労省の管理下にあって誰~れも触れません。だから二酸化塩素が効くか効かないか分からないのです。そこで他のウイルスではどうかということで地元大学の農学部にタバコモザイクウイルスでの実験を依頼しております。

しかし最早時間がありません。それでT社S社長発表の別の実験データを活用する事にしました。

 

薬学雑誌2013年133巻第9号記載です。中洲は論文読むのが全く苦手。密閉空間で据え置き型二酸化塩素発生器を用い低濃度でノロウイルスが99.9%死滅するという報告のようです。湿潤の状態が顕著だとあります。逆に乾燥では効かないようです。要するに僅かの二酸化塩素分子が水滴と一緒に空間に浮遊するだけであの怖いノロウイルスだって全て死滅するとの報告ですね。

論文よく読んだら実験のウイルスはノロウイルスでもネコカリシウイルスと言って培養細胞で増殖させた後ウイルスを抽出して二酸化塩素雰囲気の空間に晒しております。

それでも時間が経てば二酸化塩素に殺られております。別の麻生大学の報告書では初期の「二酸化塩素香」を用いノロウイルスの細胞で実験しております。「二酸化塩素」が細胞膜を破って原形質即ち細胞内液を数百万個の二酸化塩素で破壊して核の中に隠れたウイルスの核酸を吉良上野介宜しく召し捕っているのです。これは宿主に潜ったノロウイルスの場合でも二酸化塩素が殺菌剤として効果ある事を示しています。二枚貝に生息しマナ板などに付着したウイルスを死滅させるのにも有効だとの報告でした。

やはりインフルエンザウイルスでもいいから気管支から肺を侵すウイルスに二酸化塩素が有効とのエビデンスが不可欠です。そして引用した2編の論文から二酸化塩素は微細な水滴と一緒に噴霧する必要があります。シューッと速攻してものの数秒でウイルスをやっつけるのです。

この二酸化塩素の凄い発見を追試した報告はないし厚労省も本気でコロナウイルス感染対策を講じる気持ちは無さそうです。使命感責任感のかけらでもあれば隠し持つ検体使って同様のテストを実施する筈です。日本で開発されたが非嫡子児扱いにされている二酸化塩素の劇的な効果が先に海外で認められたら面目失うのは厚労省ですよね。

じゃあこの実験データに即して最適のディバイスを開発しなければいけません。実は中洲主導でこの2年間かけて開発した「二酸化塩素香スプレー」が既に完成しているのです。

スプレー缶には亜塩素酸ナトリウム溶液50ccとクエン酸水溶液が50cc分納されております。これが噴出口で化学反応して二酸化塩素が発生し平均10ミクロンのクエン酸水溶液に乗って密閉空間中に漂い浮遊するウイルスをやっつけます。その作戦の後は0.1mmでもコロナウイルスにとっては巨大な空間である床や壁の全ての隙間に入り込みウイルスハンターになるのです。

次に大事なのは換気と太陽光です。サーズでも何のことはない結局換気が一番大切だったとの報告でした。ウイルスは地球上で一番弱い生き物だから外に放り出し部屋は太陽光で消毒しましょう。次に再度密閉状態になったらS薬品の徐放製品を置いといて空気感染を予防します。壁や床やドアノブなどに新たにウイルスが付着しても先ほど潜んだ二酸化塩素が簡単にウイルスを不活性化する筈です。

 

そこで又計算しなくっちゃいけません。0.01ppmでは1ccの空間に何個の二酸化塩素分子があって何個のコロナウイルスをやっつけるに十分かという計算です。

ClO2の分子量は67で67gが22.4L。0.01ppmは1億分の1%だから空気1ccには18兆個の二酸化塩素が飛び交っているわけ。二酸化塩素はウイルスの百分の1のサイズだから絶対ウイルスは逃げられない筈ですが計算してみましょう。

ClO2が0.01ppmでは1m3に0.03mgのClO2がありこの分子の数は18×10の12乗だから1cmの間には26000個のNaCl2分子、その間隙は385nmとなりClO2濃度が10倍の0.1Ppmの場合はその半分の190nmとなりました。コロナウイルスの直径が100nmだから犬小屋のワンチャンみたいです。図解すると次のように。中洲の計算は多分間違っているでしょうから訂正して下さい。分子遊泳や確率の勉強サボりましたのでしっかり勉強した御仁に後はお願いします。

又中学の化学ですが次亜塩素酸ナトリウムNaClOと亜塩素酸ナトリウム NaClO2の2種類あって前者は厚労省に認可されハイターなど殺菌剤、漂白剤として市販されております。後者は確か未認可ですからまあ雑品という訳。前者は次亜塩素酸水溶液で散布後大層時間をかけて塩素ガスが発生、後者はクエン酸などの酸の存在で二酸化塩素が瞬時に発生します。絶対後者が安全でウイルス不活性化には勝るしクエン酸水溶液はアルカリの滓も中和して汚れ落としには最適です。

そして「二酸化塩素香」はこの2液を分納した世界初の優れものです。だが実験データがありませんからダイアモンドプリンセス号でも使って貰えませんでした。よくよく説明したんですけどねえ。

明日は次の課題に挑戦です。

既に開発終えたアイパオの二酸化塩素実験ドームで「二酸化塩素香スプレー」の噴出時間(量)と空間での二酸化塩素濃度の変化を測定します。その結果人体に悪影響がない事を確認した諸外国の感染研究機関が所持するウイルスのPCR増殖検体で二酸化塩素効果を確認するとの算段です。

この時です。「待て待て~」話を聞いた国立感染研究所の戸山庁舎から突然ラブコールがあったりしてね。そうしたら中洲士郎もみ手を擦ってお上の面前に馳せ参じることでしょう。日本人は所詮「泣く子と地頭」には勝てないのです。

裸のウイルス(その2)

今日3月11日はあの大津波が東日本の太平洋岸を襲った悪夢の日、中洲の愛車だったホンダCRZのプレートナンバーが311、そして我が老婆(ラオポ)の誕生日なのです。家族の誰~れも読まないのを幸いに今晩も少し危険なブログを始めます。

世界中が新型コロナウイルス拡散と経済失速で大騒ぎです。その中でたった一つだけ愉快なのが「濃厚接触を控えよう」言葉の魔術師が縦横に活躍する日本と日本語です。老婆(ラオポ)との間の10メートルの距離感が心地よい日常にあって平穏な心情を揺さぶるのが「濃厚接触」このドサクサに会社の綺麗な娘達に「濃厚接触〜」とハグしたら? ヤッパリブン殴られますよね。

この濃厚接触に対比される流行り言葉が空中除菌であります。この表現の由来は多分我らの快男児T社のS社長でしょう。空間に飛び交うウイルスをスパッと撃ち落とすセリフに消費者が喝采を上げました。そうしたら今日、マスクとアルコール消毒が大好きで他をお気に召さない当局が不当表示だと「魔女狩り」を始めたのです。これは中洲の会社の浮沈にも関わるオオゴトですから泣き言少しお聞きください。

濃厚接触も空間浮遊も基準は相手との距離、そこで先ず中学の化学で学んだ長さの単位、小さい方からオングスストローム  ナノメートル マイクロメートル  ミリメートル を思い出しましょう。小蟻位の1mmを基準に取ればそれぞれ1000万 100万 1000分の1ミリとなります。

新聞にあの新型コロナウイルスの寸法が100nmと表示されてましたのでこれは即ち一万分の1ミリ。結構大きそうです。

ところで品切れで大騒ぎのマスクですがその編み目ってどのくらいだろうか。仮に0.1mmとしてウイルスってどの程度マスクの網にひっかかるものか考えましょう。ウイルスが拡大されて蟻ん子の1mmに達した時マスクの網目は1万ミリだから10メートルに伸びております。上手い具合に老婆(ラオポ)との快適な距離感、且つ面積では我が家100m2の大邸宅に等しくなりました。

我が家がすっぽり通り抜ける網目で一匹の小アリを捕まえられるか?じゃあ一辺が10cmのアゲハチョウだったら網の目は1000mX1000m 即ち1000反 我が由布農園の160倍そんな目の粗い網でアゲハチョウが捕まるわけない。つまりウイルスがマスクにひっかかる筈はないのです。だからわざわざドラッグストアに並んでマスクを買うのは無駄です。じゃあどうすればいいかは後で皆様と一緒に工夫しましょう。

次がアルコール消毒です。コロナウイルスが中洲に代わって我が家の快適なTOTOシステムバスに浸かっているとしましょう。老婆(ラオポ)に隠れて缶ビールを飲んでおります。タリスカーのソーダ割りなら尚更いいです。ここで少しふざけて頭からそのアルコールをかけたらどうなるか。

ウイルスがぎゃーっと叫べば少しは化学反応してるのでしょう。ところがウイルスは気持ちいいだけで本体の核酸には何も化学変化が起こっていません。

しかし中洲は時々この湯船で居眠りするのでウイルスも溺れないように用心しなきゃいけません。

最近とみにテレビが面白くないのはYouTubeのせいだというのを今日初めて納得しました。開発館の前の席の老友ドガワさんがパソコン見ながら「タケダクニヒコが二酸化塩素がいいって」と呟く。そう呟くだけです。それでYouTube 開いて武田邦彦先生のビデオを探し出して観たら・・・それがテレビより何十倍も面白くって一日中仕事サボってしまいました。アルコールもマスクもウイルスにはダメってこの凄い先生も仰ってます。

ブラウジングするうちに消費者庁のTwitterに入り込みました。そこには巷に氾濫するインチキウイルス駆除製品の摘発記事があります。中洲の鋭い分析ではコロナウイルスで苦難を強いられ最早ヒス状態の市民の怒りが行政の無策に向かう前に生贄の「魔女狩り」が必要になったのです。

コロナウイルスPCR増殖検体を独占する厚労省の国立防疫研究所は少しは仕事をして国民にもう少しマシなウイルス対策の指針を出すべきなのに。それが出来なければT社のS社長に頭を下げて教えを乞うのです。いや鋭い発想の民間企業と組んで世界に先駆けてウイルス駆除法を開発するのです。まあお役人達にそんな度量があれば日本の未来は明るいのですが。

YouTubeでは魔女狩りどころか更におぞましい「臓器狩りに加担する日本政府」が目に入りました。全部テレビには出せない記事です。日本にも新聞テレビに検閲制度があるのですか。テレビで名前を覚えさせられた加藤厚労大臣という方も中国国民同様にYouTube見たことないんじゃないでしょうか。今夜は臓器収奪のホラーシーンを思い出して眠れないでしょう。「志を失った日本国」として世界中から非難され軽蔑される日がもう直ぐ来るような予感がします。今日のコロナウイルス騒動は根が深いことを知らされた1日でした。次回気を取り直して中洲式ウイルス駆除法を図解説明しますからご期待ください。

 

裸のウイルス

前回の尿酸の話を中洲ひとり気に入って再びアシモフに目を通しています。アシモフの科学エッセイ集ではどのページを開いても科学の面白い話を「ねえ聞いてよ」ってアシモフさんが読者に迫るのです。

今日のアシモフの話は「これが生命だ」です。シリーズ第1巻「空想自然科学入門」にあります。詳しくは本を読んでもらうとして。

古来科学者たちは生命とは一体何だ、生命をどう定義すればいいのかと頭を悩ませました。

19世紀終盤「微生物病原論」で世界に衝撃を与えた哲人パスツールが引き続き狂犬病の研究をしております。そこから顕微鏡で見えない小さな病原菌ウイルスの存在を予告しました。科学者たちに半信半疑のウイルス説が1931年英国の細菌学者エルフォードがウイルス抽出に成功、1935年米国のスタンレイがウイルスを結晶化したことで決着し生化学が急速に発展するのです。

生物の細胞は核と原形質が細胞膜でしっかり包まれておりその核では核酸が巨大な染色体蛋白で保護されておりました。アシモフはパスツールから始まる極小の生命体の興味深い探究の歴史を紐解きながら「生命とは何だ」の疑問に答えを作っていきます。そしてこのエッセイは「生体の特徴は複製能力のある核酸分子を少なくとも1分子持つ事である」と結論して終わります。

残念ながらアシモフは1992年に心臓病で亡くなってしまいました。ねえ皆さま、もしも博士が生きていて近代社会が右往左往する中、新型コロナウイルスが拡散しているのを見たらどうコメンされるでしょう。

アシモフは何でも大きさの違いを比較します。

中洲もアシモフの例え話に倣いました。

人類が抗生物質で退治出来た細菌に比べてウイルスがその1000分の1だとするなら多分ウイルスは最近老婆(ラオポ)が奮発して我が家に備え付けたTOTOのシステムバスに落としたビー玉みたいな存在でしょう。細胞膜がスベスベの魔法瓶湯船なら全自動で終始注がれる快適なお湯が原形質と言うことになります。それにウイルスの核は94%の蛋白と6%の核酸で構成されておりまして人間の細胞に潜り込む時はその蛋白の殻をあっさり脱ぐそうだからあまり身持ちも良くないようです。結局ビー玉を細胞核とするならウイルス生命体の核酸はガラス玉の中のエアホールみたいに小さく捕まえ難い存在です。

従って細胞に潜り込んだウイルスの核酸を叩くには例えば爆弾で中洲もろとも風呂場を吹っ飛ばしてビー玉を破壊するに等しい荒治療が必要です。だがこのウイルスがふわりふわりと新しい人体を探して裸で空中を浮遊している時や床にへばり付いている時は無防備だからやっつける絶好機です。

アシモフの解説で生物と言っても結晶化できるほど小さなウイルスは化学物質のように容易に化学反応して生物でない物質に変わるのです。だったら新型コロナウイルスと容易に化学反応して比較的人類に害のない化学物質を特定することです。

テレビ報道で解説者の口から出るのはそろってアルコール消毒です。今回の新型コロナウイルスがアルコールとどんな反応するのか誰か実験したのでしょうか。中洲にはアルコールではしゃいだり酔っ払っているウイルスしか思い浮かばないのです。

狙い目は重くて酸化力が強くて人体に比較的安全な気体です。ウイルス陽性の検体を保管する人が実験すれば直ぐにわかる事でしょう。ウイルスならタバコモザイクウイルスで予備実験して貰ってもいい。

当局は医薬品の許認可を偉ぶってやるだけが仕事じゃない。日頃危機管理に取り組み有事の時には危機脱出に果敢に行動し危機が収束すれば再発防止策を講じるのが使命ではないのか。日頃国民に不興を買ってたらこういう時こそ良い仕事をして喝采を浴びればいいのに。頻発する自然災害の時何時もそう感じるのです。中国の武漢の若い医師が新型ウイルスに逸早く警鐘を鳴らしたら共産党独裁当局に拘留されたという話は独裁国家にのみ起因すとは思えないのです。

2011年3月11日中洲士郎は福島で東日本大震災に遭遇。その時の衝撃で「にわか義人」に変身し社会活動の真似事を始めております。悪戦苦闘の毎日です。ダイヤモンドプリンセス号の船会社や大学や武漢市当局へ新開発の二酸化塩素スプレーのリリースを送りつけていますが体のいいお断りの返信が来るだけ。思いの女性にラブレター送ったら振られたので苦心の文章捨てるに惜しく宛名を書き換えて複数の女性に送り付けた若い頃を思い出して楽しんでおります。

さてルミカでは今日も大連の工場で夜中迄二酸化塩素スティックを製造し中洲士郎といえば掘立小屋で老人仲間達とウイルスをやっつけるディフューザーの開発に余念がありません。しかしながらこれが対ウイルス防衛の最前線なら何とも心許ない戦の布陣でありますねえ。

痛風の話(その2)

ウイスキーのつまみならチョコレートがいい。それもゴディバのオレンジピールが最高。しかし何しろ高いし最近姿を見ません。

だったら暇を見つけて自分でこさえてみよう。(と言ってもラオポの手を借りるわけだが) 甘く煮込んだ甘夏の皮をしっかり天日干ししてビッターチョコで枯れ枝姿に包みこむのです。干し柿や干しイチジク、乾いたチェリージャムの細切りなんかもイケるんじゃないかな。「どう? 中洲がこさえたチョコレート」なんて言って美女に差し出したいです。

しかしスタンドバーの止まり木に一人じゃなく連れがいたら酒のつまみは何より洒落た噺が肝心カナメ。

タリスカーがメジャーなウイスキーだって知ったのは最近のこと。日経朝刊の一面にエッセイ付きのタリスカーの広告。皆様も目にされるでしょう。エッセイストで著名なバーテンダーでしかも超ダンディな島地勝彦さんが毎回お酒のストーリーを傍らに登場します。まあ格好のいいこと。しかし日本人の年取って格好いいのって大抵チョイワル親父の匂いがしませんか。それに島地さんの話はとても洒落てますが自称インテリ女性が直ぐに傾きそうな内容ばかりです。

その島地さんをして「参った」と言わしめる対極の話し手は我らがアイザック・アシモフでしょう。博士は自分のことを研究室で若い娘を追い回す助平親父と自嘲してましたが恐らく歴史上一番博学でユーモアに富んだ科学者でした。

そのアシモフが夢見る究極のダンディズムはなんだろうってタリクカーをチビチビやりながら俯瞰しますと「黒後家蜘蛛の会」という推理小説のシリーズで登場する老給仕のヘンリーに行き着きました。場所はマンハッタンのスタンドバー、月に一度の6人の男達の飲み会です。ヘンリーはいつも謙虚で礼儀正しく物静かな振舞いですが恐ろしく論理的な思考力の持ち主なのです。カウンターの内で静かにタコと小海老のアヒージョなんかをこさえながら6人の学者達の話に耳を傾けております。論議に答が見つからず袋小路に入ってしまうとヘンリーに意見を求められる番がまいります。そして毎度同じセリフ。「私などの出る幕じゃありませんが、調理の合間にお話をお伺いしながら思ったのですが」と前置きして見事に難問を解決します。アシモフが面白いのは普通の推理モノや科学モノと違って医学、数学、物理、化学、天文学の教材をミステリー仕立てで分かりやすく話してくれるからです。

博覧強記の男と言えば日本人なら南方熊楠、しかしこの手は表向き大抵変人と言うのが通り相場でしょうがアシモフさんはにこやかに科学がどんなに面白いかを語り続けます。しかも若い娘達が大好きです。しかし冗長家であるのがアシモフさん自身の悩み。それで彼の理想像としてヘンリーという寡黙なキャラクターをこさえました。ヘンリーこそアシモフが夢見る「いい男」なんでしょうね。

そこで今晩はアシモフに登場して貰って傍らの架空の妙齢の「いい女性」に話をして貰いましょう。島地勝彦さんと違ってこんな風に。

・・・という訳で上手い具合に痛風免れたんだけどそもそも痛風というのはねえお嬢さん。(アシモフはこれから話が長くなる) 46億年前に地球が誕生したでしょう。そして38億年前に海が出来て生物が現れてそれから33億年間も海と淡水の中で生き物は静かに進化を続けていきます。それからやっと5億年前に脊椎動物が4.6億年前に無顎魚類が生まれて自由に水中を動き回れるようになりました。3.5億年前に蛙などの両生類が現れて陸上生活の快適さを覚え3億年前から爬虫類が陸上を闊歩します。鳥類と哺乳類が生まれのが2億年前そしてヒトがこの地球に出現したのはついこの前15万年前の事です。

その進化の過程は大抵化石と炭素年代測定で形態学的な人間への長い道のりを正確に辿ることが出来ます。だが血液や筋肉など身体の組織の変化は化石には残されていません。そこでアシモフの専門の生化学で生物の種の違いによる生化学的進化の道を辿ります。例えば各生物の身体の細胞を包む液体の成分の類似性から微生物が泳いでいた38億年前の原始の海の成分を推測できるのです。

さて今夜の主題は痛風の話です。これは生物種にとって存続に必須の排泄作業の進化から生じました。生物は捕食すると窒素成分がアンモニアに変化しますがこれは猛毒だから血液に入る前にどんどん身体から洗い流す必要があります。だから三葉虫などの節足動物は河口近くの淡水中で脊椎動物へと進化しました。海水はイオン濃度が淡水より1000倍も高いのでアンモニアを排出しにくい。そこでアンモニアを低毒性の尿素に変えて小便として排出する術を編み出したのが魚類ではサメ、次に蛙などの両生類や爬虫類です。海に戻った魚達はアンモニア排出に苦労します。2億年前に出現した鳥類と哺乳類は水の少ない環境で生存するためにアンモニアを尿素次に尿酸という毒性が少ないが分子量が大きくなって従って水に溶けにくい化学物質を身体に溜め込む術を取得します。鳥類達は卵生の為に尿素を尿酸という固形にして排出。猿と人間を除く哺乳類は尿酸で痛風が起こるのを防ぐために体内にウリカーゼという酵素を作って尿酸よりもずっと水に溶けやすいアラントインに変換する術を編み出しました。それで猿や人間のように痛風に悩まされません。じゃあ何故猿と人間は血液の中に危険な尿酸を蓄える道を選んだのか。生物は全て退化する道を選ぶ筈がない。そこで秘密を探った結果尿酸はプリン体でコーヒーカフェインと同じ脳神経を活性化することが分かったのです。

お分かりですかお嬢さん?猿とヒトという種族は尿酸の痛風の痛みよりも思考力増強の必要性を選択して尿酸を血中に残す道を選んだのです。だから尿酸も大切な成分なのです。

な~るほど昨年12月はブログ書く時間もないほど商品開発で忙しく脳味噌が活性剤をジャンジャン要求したので尿酸をアルコールに溶かして運び込んだわけか。それで尿酸値が急上昇したのですね。これからも尿酸とアルコールと仲良く付き合って人生を楽しみます。

巷の飽きるほどの「好いた惚れた」の話よりもアシモフの方がずっと面白いですよね皆さん。

そのアシモフさんの話を正確には記述できておりません。間違いはお許しください。早川書房アシモフの科学エッセイの中の「たった一兆」ウニと人間から尿酸の記述を引用しました。時間があれば是非お読みください。

痛風の話(その1)

お昼ご飯を控え目にして仕事を終えジムで汗を流し渇きに渇いてたどり着くロックのウイスキー。それもテレビの通販の叫び声がうるさい老婆(ラオポ)のウチの食卓じゃなくスタンドバーのカウンターならもう堪りません。

そんな悶絶の酒に浸る夜を無慈悲に閉ざしたのが一片の診断書。

昨年12月末、かかりつけの女医さんが朝の血液検査の結果を見て「一体どうしたの。尿酸値が9.8もあるじゃない。治療しますか。親指腫れて動けなくなりますよ」

一瞬考えて「先生1ヶ月断酒します。治療はそれからで」そして1ヶ月、正月も我慢して今日検診を受けたのでした。

この1ヶ月、実際には痛風は起こらなかったけど夢の中で何度も痛風を発症して多分絶叫しました。小心者の中洲士郎、実は話に聞く痛風が怖くて酒が飲めなかったのです。

結果が良ければ「原因判明」で飲む、悪ければ「酒は痛風に関係ない」と、これも飲む。心に決めての今日の受診でした。

そして女医先生の口から出たのは

「一体全体どうしたのですか。尿酸値が7.2まで下がってますよ」と。

それで今晩は天神親不孝通りを下って懐かしい「あんみつ姫」を過ぎたところの路地に漂う空気に「何かいい店」の予感。歩道の窓越しにチラチラ燃える電灯が垣間見えると躊躇せずにドアを押します。するといつもの風景、壁一杯の洋酒そして落ち着いたバーカウンター。「フジ」というお店でした。

さあもう安心して美味いお酒が飲めます。「尿酸値が上がれば断酒すればいい」のですから。糖尿病だって「糖質カット」でKO。去年江部康二さんのブログを拝見し早速糖質カットを実践してみました。血糖値は別に高くないのですが3ヶ月間続けてみて体調の劇的変化を実感。問題は老婆(ラオポ)との献立バトルです。「米飯無しで日本人は何食べればいいんだ」と挑みます。結局糖尿病になっても糖質カットで美味いものなんぼでも食べれるという安心感だけが収穫でした。

昔々、西式断食を10日間経験してみました。身体中に溜まった澱と老廃物が外に出てしまいます。だから断食が悪い筈がないから癌になったら断食して身体中の悪い成分を排出しよう。癌になるのはその大掃除の格好のチャンスじゃないかと思っています。尿酸値の女医さんのように癌の大先生が叫ぶかも知れません。「一体全体どうしたのですか?この前の癌が消えてしまっている」って。癌に何も変化なければ断食なんか効果ないと確信して病巣を切り取ってもらえばいい。身体は超精密化学工場だから時に大掃除が大切だと思います。

さてお店に入って「オーヘントッシャンありますか」って恐る恐るカウンター越に尋ねると。締まったベストのバーテンダーが「得たり」とばかり「有りますよ」口元に少し笑みを漂わせ、さりげなくボトルのラベルが見えるようにカウンターに置きます。シブチンと思われたくないので「ダブル、ロックで」と。

ロックグラスのどっしりと大きなアイスボールになみなみと注がれたウイスキー。この味です。去年ドイツのミュンヘンのバーテンダーに教えて貰ったのがこのオーヘントッシャン、一昨年がタリスカーでいずれもオクトフェスタでビールの大ジョッキ抱えて馬鹿騒ぎした後でした。

氷が少しも溶けないうちに飲み干したので敢えてタリスカーを継ぎ足して貰いカウンターを2本の美味い酒で飾りました。

こういう場面で音楽通なら更に心が痺れるのでしょうが・・・音楽を解しない中洲には時折り漏れ聴こえるくらいの音色でフロアはあまり静かでなく潜み声が漂う位が好きです。

この日の客はキャリアウーマン兼プレイガール風の独り飲みの女性だけです。カウンター越に別の給仕が相手をしておりました。こういう場合バーテンダーはそんなに女性に顔を近づけてはいけません。手にした渇いた真っ白のクロスでグラスを磨きながら背筋を伸ばして女性の話に頷いてやるのが絵になります。(続く)

中洲若子の話(余話その3)

「大連で見つけた一方亭の話が面白かった。続きが読みたい」と仰る一人の読者のお言葉に胸がそわそわしました。それで相棒と連れだって福岡市薬院の例のしょうき家の暖簾を再びくぐることに。

綺麗な女将さんと初めてカウンター越しにおしゃべりさせて頂きました。

包丁をにぎるイナせな料理人とはご夫婦でしょうか。素朴で憂いを含んだ眼差しで女将が聞き覚えのある「一方亭の話」をします。傍らの男は敢えて無関心を装い、子気味のいい包丁の音でお供をしております。中洲はボソボソと一方亭訪ね歩きのくだんの話をします。

高橋是清の隠し子の曽孫に当るこの店のオーナーは現在ベトナムで和食の店を展開されておられる由。先般この「しょうき家一方亭」から手を引き一方亭の名前を看板からおろされたとの事です。「来年にはこの店も再開発でたたむことになりそうです」と。いよいよ一方亭が博多の歴史の舞台から姿を消すのでしょうか。

身体に毒とは解りつつ「締めのラーメン」に正に逸品の「レモンラーメン」を頂ました。大名の「極み」のアゴ出汁ラーメンに勝る「福博一のラーメン」でした。「今夜は品切れのシジミラーメンをこの次は是非」と。

カウンター越しに女将が「一方亭に縁があるんですよ」とそっと差し出した瓢箪絵の湯呑み。断わって写真に収めました。その時は気付きませんでしたが先程アイパッドの写真集からその写真を取り出して観ると懐かしい名前が刻まれておりました。

「あの絵も一方亭に因んだものですよ。お客が描いてくれました」と女将が指差す先に。

もしかしたら一方亭を訪ね歩く「すき者」は中洲士郎だけじゃないのかも知れません。

星野焼源太窯(その4)

小学生時代、人生で最良の日々を共に過ごした仲間が又1人この世を去りました。

その仲間たちとは中学を出ると各々別の道を歩みますが社会に出て再会があってお互いの人生が糸を紡ぐ。その交友は何時もケレン味のない昔の小学生同士で別れる時は唯相手の元気を祈りあいます。

昨日永眠した財津君もその1人。福岡市赤坂門に友人と2人でテーラーを開いたので何時も彼にスーツを頼むようになりました。その店を閉じて一人で営業するようになってからは年に二度決まってルミカに来てくれました。いつも生地見本から適当に生地を選んでの発注です。時折採寸して貰いますが何時も「士郎は寸法がちっとも変わらんねえ」でした。「お陰で10年前のも着ているよ」「仕立てで7万円じゃ長く着られたら商売にならんよ」「そうか、小学校中学校の同級生を回っているのか。そりゃ効率がいいな」「崔朝栄なんか30万円位のをポンとオーダーしてくれてたな。キップのいい奴だった」「中洲若子の話」でヤクザ相手の金貸し業で若死にした「我らの歪んだ英雄」崔君の話をしました。中洲と違って大層気前のいい男の姿が浮かんで参ります。崔君は小学校時代の仲間には命がけで愛情を注ぐ男でしたから財津君にも気を使ったのでしょう。

その財津君はと言えば小学校の時から目元涼やかで少し高倉健の雰囲気を持つ真面目な本当の男前でした。それが2年ほど前会社にやって来た時帽子を被っておりまして、それを取ると下はつるっ禿げ。

「何事か?」の問いに「前立腺癌を患った」とのこと。何十年も細身でスーツをシャキッと着こなしていたのが太って少し苦しそうです。「士郎も採血のみのPSA検査で前立腺は検査できるからやっとけよ」とアドバイスくれました。

右が財津君。小学5年の時、名島で貝掘り。母親若子の妹安江のうちにお邪魔しました。左が関岡君。彼を早く見舞わなきゃ。幼い時のアルバムをめくると改めて幼友達との日々が迫って来ます。

それに服の事は任せっきりだった友人が居なくなって人生が少し面倒になりそうです。それにしても一度くらい気前よく10万円位のスーツをオーダーしとくべきでした。

まあ中洲のスーツは全部財津君がこさえたからこれを大事に着ればこれからは他所で新調しなくていいだろうが。                合掌

星野焼源太窯(その3)

大連行きのキャリーバッグに源太詩集「蛇苺」を忍ばせました。そこには「ほとほと困り果てていた少年時代」そして思春期の悶えに耐えられず放浪を続け「焼き物」と出会い、「火男」となって炎の中で土くれと詞を融合させる源太の格闘がありました。その2つのアートを確かに造形させた源太と中洲士郎は思春期のほんの一瞬に交錯します。小石原の同じ窯元で「想い」を共有していたのです。

思春期の苦悩を詩作と陶工に昇華させたのが源太だとすると放浪も挑戦も出来なかったのが中洲の忌まわしい思春期でした。思い起こすのも嫌だから封印していたのですが「蛇苺」を読むうちに「ほとほと困り果てていた」あの時代が少しいとおしくなって脳裡に浮かんで参ります。

源太が詩を詠む人なら、滑稽人間としての中洲に恥ずかしながらフワフワ浮かび出す他愛もないアブクの話をさせて下さい。ほんの少しだけ。

少年に共通する関心事と言えば犬や猫、鶏や雀、虫や魚たちです。孤独少年の中洲にはそれに色んな植物が加わりました。

ところが小学校も高学年になると異性の姿が気になって参ります。周りの目があるので彼等異体を一瞬盗み見します。それに対して女子の中には時折じっと表情を変えずにこちらの目を覗く子がいます。ドキッとして 目をそらしました。あの当時は「怪しい肢体を持つ」女子と個人的に言葉を交わすのは勿論、手を触れる機会などありません。今思えば女子の方が異性に関心が深かったのかもしれません。そして大人たちが固く閉ざす扉の向こうの男女の怪しい情交の世界を想像したのは中洲だけではなかったのでしょう。そんな少年時代に直情的に欲情を煽るのが路地裏の卑猥なポスター達でした。

今日のような真夏の太陽がそれも真上から照らし付けて中洲の影が運動靴に収まる時間帯にブラ~リブラリの学校帰りです。思えば今日の学習塾など想像すら出来ない只ひたすら遊ぶのが日課の小学校時代。やっぱり中洲の人生で一番幸せなひと時でした。

大名小学校(福岡市天神)の校門を出て電車道(明治通り)を渡り50m道路(昭和通り)を横切ると目当ての看板がずらりと並ぶ須崎の薄汚い路地に出ます。傍らにはいつもの通りガキ仲間のナベヤマが付いていました。この遊びではお互い気まづいので話をしません。その日の看板は川丈劇場の入浴ショーのドギツイ裸です。ストリップの看板と並ぶセックス映画となると写真に代わって露骨な漢字で欲情を煽っておりまして、ここでは中洲は大人顔負けの漢字少年でした。

その頃封切られたマリリンモンローの「ショーよりステキな商売はない」のポスターが印象的。モンロー出演の名場面地下通風口からの風に煽られたスカートの前を抑えてセクシーに微笑む色っぽい姿もあります。ここで言う「ショー」って先ほどのストリップショーかなと妄想したのを覚えております。

その頃ですよ。モンローとディマジオの2人が新婚旅行で博多にやって来たのは。終戦から9年経って人々は何とか飢えを凌げるようになりました。そんな時に世界一のセクシー女優モンローの来日でしかも来博です。福博の男が狂喜する中で大パレードと中洲ロイヤルで本物洋食物語の開花でした。何と母親若子の妹の良子の亭主ワタナベが進駐軍の関係でモンロー2人に通訳で付き添ったのです。ロイヤルレストランを興したエガシラさんもワタナベの世話になった等、裏道ながら母親若子達の一族も戦後日本の花の山に少し関与していたのを思い起こしました。

日本中の大人にも子供にも薄い靴底から溶けたアスファルトの熱気が伝わるそんな時代。今思えばあの時代大人達を激しく揺すったのは経済復興の熱だけでなくダイレクトなセックスの熱気だったような感じがします。少年中洲達も学校帰りエロ看板でそのセックスの熱気に当てられていたわけです。

映画「禁じられた遊び」が封切られました。

この映画はきっと男の子と女の子が封印された情交の世界に入った物語に違いないと勝手に想像して興奮。結局妄想だけで映画はどれも見ずじまいの小学校時代でした。

星野焼源太窯(その2)

春先の柔らかな日差しに包まれ山あいに少し遠慮するように星野焼源太窯がたたずんでおりました。辺りに人の気配はありません。10m程坂を登ると朽ちかけた小屋の奥に小物雑器が並んでおり、どの焼物にも丁寧なロクロの技が伝わります。窓脇に本が2冊立てかけてあって手に取ると一冊は「土泥棒」それと詩集の「蛇苺」と言う表題でいずれも源太著。そうか源太さんは陶工にして詩人なのです。

1942年3月4日鳥取県の山村に生まれる。15歳の頃、北へ憧れる。山陰、北陸、東北、日本海沿岸を放浪。20歳の春、陶工を志す。伊勢「神楽の窯」で基礎を学んだ後、陶郷小石原へ。1968年26歳の秋、星野に「源太窯」を開き古窯  星野焼を再興する。

詩集の末尾に載せられた山本源太の略歴でした。

源太が「蛇苺」に吐露するのは少年期から思春期そして放浪に出た青年期の心の葛藤で中洲士郎が憧れ悩み恥じて封印すらしていた青春を代弁してくれておりました。ピンポイントの言葉が本のあとがきに見えます。

おそらく誰でも経験するあの不思議な感情。うつくしいものを志向しながら、身内にどす黒く渦巻ている力をおもって、ほとほと困りはてていた少年時代。

その頃、東京から赴任してきた国語の教師は、何も知らない僕等に朔太郎やホフマン、カフカなどを熱心に吹きかけたのだ。死の匂いさえ漂わせながら教室で講義する。教師というより初めて見る人間の、眼鏡の向の奥深い「瞳」に催眠術にでもかけられたように吸いつけられてしまったものだ。続く。

性に目覚めるあの頃を「ほとほと困り果てていた少年時代」と形容する筆力に多年の胸のつかえがとれる思いでした。日頃さまよい歩いて詩集を手に小石原にも紛れ込んでいた中洲士郎にも十分にその動機はありました。しかし源太のように実際に放浪に飛び出す勇気は持ち合わせていません。勿論自分の体力、根性から窯暮れ人生の選択肢は湧いても急いでそれを打ち消し妥協の道を選択。その源太は火夫(ひおとこ)のいばら道を50年歩み続けたのです。

程なくその詩人と陶工2つをモノにした源太さんが目の前に現れました。自信のないそれでいて人恋しの趣きがあって尻軽女が直ぐに付いて行きそうな男前じゃありませんがたしかに「いい男」の顔です。記憶に残る小石原の力太郎窯で修業していた若者とは別人のようです。聞くと力太郎の窯に居たのは別の山本で山本幸一、今は熊本で山幸窯を開いているとのこと。本人は隣家のフジノリの窯だったそうです。言わず語らずに力太郎の美貌の三人娘の長女には少なからず想いを寄せていたようです。(まさか!中洲の恋仇か?)詩集蛇苺の一編に小石原での修業時代の詩を紐解いてもらうとあの力太郎窯の裏山の描写に

ニワトコよ  ダラよ  野桐の芽もよ  ぼくは聞く・・・・。ひとりの青年のやるせなさが謳われていました。

すると他愛もない男の会話に老婆(ラオポ)が割り込んできました。

我が老婆(ラオポ)が師事する農民詩人の松永吾一さんと源太さんが敬愛した詩人丸山豊とは詩作を通して競い合い尊敬し合う仲だったそうです。母屋の横の小さなテーブルと低い椅子で2人は互いの師匠を話題にしております。源太さん、頃合いを見ては片口に茶を注ぎ程よい暖かさの八女茶を老婆(ラオポ)の茶碗に差しております。「星野焼に茶を注ぐと器の底が金色に輝きます」と。確かに深い輝きが見えました。源太さんは中々の商売上手。ふたりが話にふける間に値が張る湯呑みを買ってしまいました。

力太郎の娘の話になると目を吊り上げる老婆(ラオポ)も好きな詩人の話に源太さんと興じて中洲は蚊帳の外に。超倦怠期の「ひきこもり」夫婦から別々の玉手箱を器用に開けてくれた源太さんでした。

50回目の結婚記念日に思いもしなかったプレゼントに心地よい帰途です。老婆(ラオポ)が坂を下りた茶店で八女茶を買って車に戻りました。「源太さんに頂いたあのお茶はこのお店で最高の品だ」って。どう見ても収入の乏しい貧乏詩人がねえ。そんな高いお茶で一限の客をもてなしてくれたとは。少し日が陰った山あいにひっそりと佇む源太窯をバックミラーに黙礼して一路予定の晩餐会「初心」へ。