アイパオの話(その39)

久し振りに魚植共生アイパオのその後について報告させて頂きます。可愛い魚たちに今日、大事件が発生したのです。

その前に我らの日常を紹介しておきましょう。開発小屋は10年ほど前、ルミカ創業仲間のドガワさんが戻って来たので中洲が発案しました。まあ年寄りの隠居小屋でも作ってやろうと大工を雇い仲間内でこさえたシロモノです。

居心地がいいので現在定住者5名にアドレスフリーで3名ほど出入りします。

何処の家庭でも平穏な生活に変調きたすのが犬や猫のペットのチン入でしょう。ルミカ開発館でも途中2匹の野良猫、ミカンとスズも同居しました。現在は35匹のサクラマスが新しいチン入者です。

今年2月のフィッシングショー大阪でアイパオの魚食共生館を世界で初めて公開しました。そこで「お魚が居なければね~」と元気なアッコが富山から持ち込んだのがサクラマスの稚魚2000匹。殺生も出来ず大阪から福岡まで必死で搬送しそれから始まった苦難の日々。何しろ魚たちは日に日に大きくなるので連日問題が起こります。日に3度の餌やりは勿論、先ず水温13℃キープ。おびただしい魚の糞尿除去、それに酸素注入です。ある時は酸欠で小魚達が一斉に口を四角にして顔を水面に出して悲しく喘ぎ、見る間に水中に沈んで魚ならず虫の息です。

どだい数が多すぎました。いろんな事件があってその都度ナカムラさんがネットで学習して対応。只今35匹の大きなサクラマスが震災救援用ジャグジーで泳いでおります。連中も早熟で、恋の追っかけっこばかりして僅か半年で産卵開始です。水は何度も精液で白く濁りそんな時は餌に見向きもしません。

その開発小屋の定住者の役割ですが。

毎朝のお魚の健康管理はアルバイトのナカムラさんの仕事。水温は14℃以下でチラーや温調管理はデンキ屋ドガワさん。水中とインターネット映像管理はヒメノさん。それに何でも加工屋のイワモトさんは専らアイパオ開発一途。自称発明屋の中洲士郎加えて都合5名。共通項はヒメノさん以外皆んな定年をとっくに過ぎていることです。

さてその事件の真相ですが、今日は怠けて少し遅めに倉庫に入ったナカムラさんが本当に目を丸くして「水槽の水が無くなって魚たちがアップアップやってる」と叫んで小屋に駆け込んできたのです。

真っ暗の倉庫一面が水浸しで装置は全部止まっております。「ああ遂にお終いか!」調べると水中ポンプのホースが中洲手製のろ過装置からジャグジーの外に飛び出しています。しかも水を10cm程残したところでタコ足配線がショートしてポンプ類が停止していたのです。奇跡的に残った僅かの水で魚達が息絶え絶えでした。

ドガワさんと中洲は懸命に乏しい水の中の魚に酸素吸入。他の3人はナカムラさんが遊びに行って 見つけた薬王寺温泉の裏手の清流まで300L水タンク2つ持って水汲みに出かけました。

1匹の死亡もなく無事に19℃の温泉で魚たちが泳ぎ始めたのは午後12時も過ぎておりました。

「こんなことって会社の仕事と関係有るんでしょうかねえ。真っ当な仕事して時給少し上げて貰えれば晩酌の発泡酒が本物のビールになるんですけどねえ」とナカムラ。「独り身をいいことにフィリッピンバーで散財しなきゃいいんだ」「バーじゃない安いパブだ」などと狭い水槽で騒動の魚たち同様に開発小屋でも久しぶりの賑わいでした。

確かに2000匹から減ったと言っても過密飼育の35匹のサクラマスです。動物虐待のそしりを受ける前に駐車場のアイパオ共生館を急いで復旧させて例の保育園の可愛い園児達をびっくりさせねば。「おーいイワモトさん頼むよう」です。

次回大きなサクラマスがアイパオドーナツ水槽で猛烈に回遊する姿をヒメノさん担当のBi見逃サーズでご覧に入れましょう。

Bi見逃サーズで撮影のこの魚、産卵に入りました。

星野焼源太窯(その4)

小学生時代、人生で最良の日々を共に過ごした仲間が又1人この世を去りました。

その仲間たちとは中学を出ると各々別の道を歩みますが社会に出て再会があってお互いの人生が糸を紡ぐ。その交友は何時もケレン味のない昔の小学生同士で別れる時は唯相手の元気を祈りあいます。

昨日永眠した財津君もその1人。福岡市赤坂門に友人と2人でテーラーを開いたので何時も彼にスーツを頼むようになりました。その店を閉じて一人で営業するようになってからは年に二度決まってルミカに来てくれました。いつも生地見本から適当に生地を選んでの発注です。時折採寸して貰いますが何時も「士郎は寸法がちっとも変わらんねえ」でした。「お陰で10年前のも着ているよ」「仕立てで7万円じゃ長く着られたら商売にならんよ」「そうか、小学校中学校の同級生を回っているのか。そりゃ効率がいいな」「崔朝栄なんか30万円位のをポンとオーダーしてくれてたな。キップのいい奴だった」「中洲若子の話」でヤクザ相手の金貸し業で若死にした「我らの歪んだ英雄」崔君の話をしました。中洲と違って大層気前のいい男の姿が浮かんで参ります。崔君は小学校時代の仲間には命がけで愛情を注ぐ男でしたから財津君にも気を使ったのでしょう。

その財津君はと言えば小学校の時から目元涼やかで少し高倉健の雰囲気を持つ真面目な本当の男前でした。それが2年ほど前会社にやって来た時帽子を被っておりまして、それを取ると下はつるっ禿げ。

「何事か?」の問いに「前立腺癌を患った」とのこと。何十年も細身でスーツをシャキッと着こなしていたのが太って少し苦しそうです。「士郎も採血のみのPSA検査で前立腺は検査できるからやっとけよ」とアドバイスくれました。

右が財津君。小学5年の時、名島で貝掘り。母親若子の妹安江のうちにお邪魔しました。左が関岡君。彼を早く見舞わなきゃ。幼い時のアルバムをめくると改めて幼友達との日々が迫って来ます。

それに服の事は任せっきりだった友人が居なくなって人生が少し面倒になりそうです。それにしても一度くらい気前よく10万円位のスーツをオーダーしとくべきでした。

まあ中洲のスーツは全部財津君がこさえたからこれを大事に着ればこれからは他所で新調しなくていいだろうが。                合掌

会稽の恥(その1)

どの人もこの人も好きで堪らんルミカの皆様との68回目の全社朝礼、大連出張中につきご挨拶の代読をお願いします。

毎月指折り数えて今回は68回目の全社朝礼、これは68ヶ月前会社が危機に瀕した時、皆で「会稽の恥をそそぐ」故事に習い空腹に耐え仕事のやり方を変え新製品新事業を立ち上げて再興を誓って68ヶ月、即ち5年と8ヶ月経ったわけです。そして遂に皆様の頑張りのお陰で創業以来の収益を上げる中、私は社長業そっちのけで今日も新製品開発という一番面白い仕事に携わらせて貰っております。

このところ、その新製品新事業開発について

皆さんの期待が高まって来ました。その期待とは新製品でも実際に会社の売り上げと利益と社員分配を増やせるかもしれない。そして新製品でお客様をビックリさせようとの機運の盛り上がりに他なりません。

その新製品としては

化学反応ボール・メガホタル

二酸化塩素・クレリンボール

ケミホタルペイントと新型ベイト

二酸化塩素スプレー

バンちゃんクレリン

使い捨て発光シャンパンタワー

キャンパオとグランパオ

Bi見逃サーズ

更には旅順名産のチェリー加工品

(今日はその事業立ち上げの協議)

などが挙げられます。

特に化学反応ボールはボールの成型から全て自社生産で規模も年間数百万個から一千万個を見込み、従って売却予定だった大連第2工場が新ライン設置で急遽再整備に入ります。

これもラッキーなニュースです。休眠中で隣の自動車会社に捨て値での売却も覚悟していた連云港市の東海ルミカでしたが数日前に中国政府が再飛躍を期して連云港市を新設の海外自由貿易区に指定したのです。これも大きく動きそうです。

ルミカはどうやら追い風に乗ったようです。業務提携先のT薬品さんが念願の年商100億円を突破したとして話題ですがルミカも負けずに皆さんで来年は年商50億円突破を狙いませんか。

それでは皆さま呉々も健康に留意して私同様仕事を楽しんで下さい。

9月2日、大連より中洲士郎

大半の読者が社内とは言えブログに朝礼の挨拶文を載せるなど・・・「中洲士郎そろそろ焼きが回った」と察せられる御仁に、実はどうしてもお話しておかねばならないのがあの「会稽の恥」事件です。書こうか書くまいか?いや、書きたくてウズウズしていたのが今朝の明け方全社朝礼を書き送って決心したのです。会社を襲った世にもおかしなこの事件の顛末を書き始めようと。

星野焼源太窯(その3)

大連行きのキャリーバッグに源太詩集「蛇苺」を忍ばせました。そこには「ほとほと困り果てていた少年時代」そして思春期の悶えに耐えられず放浪を続け「焼き物」と出会い、「火男」となって炎の中で土くれと詞を融合させる源太の格闘がありました。その2つのアートを確かに造形させた源太と中洲士郎は思春期のほんの一瞬に交錯します。小石原の同じ窯元で「想い」を共有していたのです。

思春期の苦悩を詩作と陶工に昇華させたのが源太だとすると放浪も挑戦も出来なかったのが中洲の忌まわしい思春期でした。思い起こすのも嫌だから封印していたのですが「蛇苺」を読むうちに「ほとほと困り果てていた」あの時代が少しいとおしくなって脳裡に浮かんで参ります。

源太が詩を詠む人なら、滑稽人間としての中洲に恥ずかしながらフワフワ浮かび出す他愛もないアブクの話をさせて下さい。ほんの少しだけ。

少年に共通する関心事と言えば犬や猫、鶏や雀、虫や魚たちです。孤独少年の中洲にはそれに色んな植物が加わりました。

ところが小学校も高学年になると異性の姿が気になって参ります。周りの目があるので彼等異体を一瞬盗み見します。それに対して女子の中には時折じっと表情を変えずにこちらの目を覗く子がいます。ドキッとして 目をそらしました。あの当時は「怪しい肢体を持つ」女子と個人的に言葉を交わすのは勿論、手を触れる機会などありません。今思えば女子の方が異性に関心が深かったのかもしれません。そして大人たちが固く閉ざす扉の向こうの男女の怪しい情交の世界を想像したのは中洲だけではなかったのでしょう。そんな少年時代に直情的に欲情を煽るのが路地裏の卑猥なポスター達でした。

今日のような真夏の太陽がそれも真上から照らし付けて中洲の影が運動靴に収まる時間帯にブラ~リブラリの学校帰りです。思えば今日の学習塾など想像すら出来ない只ひたすら遊ぶのが日課の小学校時代。やっぱり中洲の人生で一番幸せなひと時でした。

大名小学校(福岡市天神)の校門を出て電車道(明治通り)を渡り50m道路(昭和通り)を横切ると目当ての看板がずらりと並ぶ須崎の薄汚い路地に出ます。傍らにはいつもの通りガキ仲間のナベヤマが付いていました。この遊びではお互い気まづいので話をしません。その日の看板は川丈劇場の入浴ショーのドギツイ裸です。ストリップの看板と並ぶセックス映画となると写真に代わって露骨な漢字で欲情を煽っておりまして、ここでは中洲は大人顔負けの漢字少年でした。

その頃封切られたマリリンモンローの「ショーよりステキな商売はない」のポスターが印象的。モンロー出演の名場面地下通風口からの風に煽られたスカートの前を抑えてセクシーに微笑む色っぽい姿もあります。ここで言う「ショー」って先ほどのストリップショーかなと妄想したのを覚えております。

その頃ですよ。モンローとディマジオの2人が新婚旅行で博多にやって来たのは。終戦から9年経って人々は何とか飢えを凌げるようになりました。そんな時に世界一のセクシー女優モンローの来日でしかも来博です。福博の男が狂喜する中で大パレードと中洲ロイヤルで本物洋食物語の開花でした。何と母親若子の妹の良子の亭主ワタナベが進駐軍の関係でモンロー2人に通訳で付き添ったのです。ロイヤルレストランを興したエガシラさんもワタナベの世話になった等、裏道ながら母親若子達の一族も戦後日本の花の山に少し関与していたのを思い起こしました。

日本中の大人にも子供にも薄い靴底から溶けたアスファルトの熱気が伝わるそんな時代。今思えばあの時代大人達を激しく揺すったのは経済復興の熱だけでなくダイレクトなセックスの熱気だったような感じがします。少年中洲達も学校帰りエロ看板でそのセックスの熱気に当てられていたわけです。

映画「禁じられた遊び」が封切られました。

この映画はきっと男の子と女の子が封印された情交の世界に入った物語に違いないと勝手に想像して興奮。結局妄想だけで映画はどれも見ずじまいの小学校時代でした。

光るボールの話(その3)

8月8日午後7時、4日間続いた中国中央テレビの人気番組「ブランドファイル」の取材最終章です。場所は大連市旅順口藍湾の海水浴場に取材班とルミカ職員100名が集合。全員疲労困ぱいの中「中洲士郎一世一代の猿芝居」が開演しました。

ジンユイ総経理と中洲士郎董事長互いに密かに期するモノを抱えてのテレビ出演でしたのでそりゃもう神経をすり減らしております。「最後はウルトラCで決めよう」ここだけはバッチリ呼吸が合ったジンユイ総経理との間でシナリオが決まったのは昨日の午後のことでした。

工場の広場ではなく藍湾海水浴場にアイパオで舞台を作りルミカ社員達がシャンパンタワーをバックに新開発の光るボール(仮名メガホタル)を夜空に投げ上げて「お祭り好き」を演出するのです。しかもその様子を新開発のBi見逃サーズで上空から収録します。写真をご覧ください。

テレビの向こうの視聴者はルミカを凄い会社だって思うでしょうね。

実は

ジンユイの「使い捨てシャンペンタワー」も

オーノの「アイパオ」も

ヤマテの「光るボール」も

ヒメノの「Bi見逃サーズオズモ」も

全て今日形にしたばかりで未だ生産ラインは出来てないのです。

「注文が殺到したら」って?

新製品なんて直ぐには売れません。金を掛けずにメディアで騒ぎ立てるのです。価格は大量生産の低価格で案内します。注文有ったら暫く手作りしてから製造装置を組み立てましょう。これが中洲流イカサマ商品開発。有ると見せかけて実は何もない舞台の裏側で皆様とビジネスをスタートアップさせましょう。

空騒ぎが終わって陽がすっかり落ちて砂浜の光の残骸を見ているとふと思います。

「さて次はどうすればいいのかな~」って。

光るボールの話(その2)

今日もギラつく太陽の下で街は夏休み真っ盛りです。中洲といえば遊びたい老婆(ラオポ)を避けて遅れた商品開発に腐心しとります。一昨年の今頃長男家族が帰省して山下湖の由布院ゴルフクラブロッジに泊まったのが最後の休暇でした。大人4人幼児2人のささやかな一泊旅行です。現代の若夫婦ってのはどうして子供にあれ程思いやり深いのでしょう。子供はと言えばどいつも当然の顔しており親に遊んで貰った記憶がない中洲にとってはシャクの種です。

それでも「爺ちゃん!」と呼ばれるとついついデレデレです。その日も家族から離れ温泉じゃないヌルい追い炊きの露店風呂に電気を点けずに入っておりました。月のない星空がボンヤリ見えます。折角独りゆっくり浸かっていたら4歳の孫娘がルミカのLEDツリー(クリスマスじゃないのに)とボンヤリ光ったUFOボールを手にしてお風呂に入って来たのです。

ボールを中洲の湯船に投げ入れたので裸じゃない孫娘に話して聞かせました。「なあリオよ。このユーフォーボールはね爺ちゃんが作ったとよ。(社内で誰もそうは言わないし無関心です)。これが売れに売れてね~。リオみたいな子供が皆んなお父さんにねだるので何処も売り切れて大変やった。100万個は売れたかな~」「ひゃくまんこ?」「100万個って分かるとね」「ひゃくまんこやろう」

今日はこのUFOボールの開発のいきさつをお話しして喧嘩が弱いくせに電柱に小便引っ掛けて縄張りを主張するあの頃の痩せ犬みたいに中洲はUFO開発者の栄誉を主張しておきましょう。

時は1981年の始めの頃だったでしょうか。大島東一の難を逃れて飛び込んだのが一桁上を行く曲者、青島功夫の渋谷の巣窟でした。知性の塊のチーコ、イトー姉さんとサクマさんを前にできたてのUFOボールを置いてブリスターパッケージの打ち合わせです。

このボールは埼玉に工場を置くノダロンという会社でこさえて貰いました。バカでかい回転溶封機が工場の宙を回っておりました。釜の中のボールの金型にはEVAペレットが入っており溶かしてヘソなしボールを作るのです。中洲が求めたのはそのペレットを半溶融状態にして穴開きにする事でした。簡単です。直ぐに生産が始まりました。

急いでパッケージをこさえなけりゃいけません。4人雁首そろえて仕様が決定。最後がキャッチフレーズの番でね。さて怪人青島功夫は府中、一高、東大出の超秀才。背丈190cmの偉丈夫それにギリシャ彫刻のような彫りの深い顔。怪人は劇団バロックを旗揚げして詩劇を主宰しており都内のリッチな女子団員に先生先生と呼ばせておりました。超多忙の中、東京理科大学で英文学を教えていましたが後で分かったのはその装いで世間を欺いていたのです。世間知らずで「一見お人好し」の中洲士郎が悪の巣窟に舞い込んできて珍劇が続いていきます。

彼の会社バルジンの大きな社長机に向こう向きに座って、翌日の授業の準備をしながら「聞いとくからキャッチコピーを色々口にしろ」と偉そうにね。チーコさん達3名が色んなキャッチを口にするが先生は音無しの構え。

そこで中洲士郎「日が暮れても」とやると「それだ。続けろ」そこで続けて「パパと遊べるUFOボール」「それだ。それで行く」決まりました。だけどね実は口に出して言わなかったけど中洲士郎には別のフレーズがあって妄想していたのです。

「日が暮れたらパパと遊べるUFOボール」です。こんなストーリーです。(父恋しい)野球好きの少年がいてね。ある時一人の青年が光るUFOボールを少年に手渡しました。「ねえ君。あの橋のたもとの真っ暗の藪にこのボールを投げ込んでみてごらん」少年は言われた通りに力一杯ボールを藪に投げ込む。と・・「よーし。いいぞ、いい球だ」確かに聞き覚えのあるあの声がして光るボールが少年に返って来たのです。暗闇相手にキャッチボールが続きました。

光るボールの話(その1)

今朝のことです。満面の笑顔でヤマテ君が光るボールのサンプルを古賀の本社に持って来ました。発想から2年、ついに完成です。

貴重なサンプルですから社内デビューは朝のテレビ役員会としました。その役員会の席で全役員の眠気を吹っ飛ばしたビデオをご覧に入れます。TVモニターの向こうでエンドー君の「これは売れる~」と悲鳴に似た声。

マジシャンが観衆を前にケミホタルを折り曲げて光らせた幼稚なマジックから40年経ちました。

ガラスアンプルを破割して2液を混合させると言う米国ACC社ローハット博士のアイデアがサイリューム6インチとなって誕生して以来、化学発光は折り曲げて光らせるモノでした。言わばローハット呪縛の50年だったのです。それが2017年12月にトリガー式発光スプレーの開発が成功してから新たな挑戦が始まりました。アンプルを使わない発光体です。

それは市販のポリウレタンボールの内面をトリガーで発光液を注入することから始まりました。

これは2018年6月大連での発見と創造展でデビューしました。ドガワ演じるのは老いた機械屋です。老人は密かに想いを寄せる娘の為に光るボールをこさえます。カナエ演じるそのマッチ売りの少女が会場でマッチじゃなく籠の光るボールを配りました。

だが発光液の注入じゃなくボールに予め2液を装着して何らかの力を加えてボール内で混ぜ合わせなければならない。この要求が出たのはソフトバンクホークスの舞台裏です。

先ず場面を2011年の鷹の祭典に戻しましょう。

ホークス勝利の後、酔いしれた数万もの観衆が振りかざすルミカライトで球場全体がブルーの光る海になりました。

中洲も現場でコムロ達営業開発の連中の苦心が実った一瞬を目にしました。大抵新しい企画は最初はアウトです。この演出を球団に持ちかけたところ観客がスティックを投げると危険だからと言うので不採用になりました。しかしそれをこじ開けたのが孫正義のツルの一声でした。「面白いからやってみようじゃないか」

時が経ちホークスの担当者から伝え聞くと当の孫正義「当たっても痛くない光るボールが欲しい」と。そうなると光っていないボールが子供でも握って指で押すとバーっと光る。球場全体が光るボールで揺れ動き更に・・・観客が一斉にグラウンドの選手たち目掛けて大閃球を投げる。グラウンドは光の海に。

「夢追いびと孫正義の夢を叶えたい」

そして自発光ボールの開発が始まったのが昨年の11月。

「課題はボールを外部からの優しい力で光らせる」「そんなのできる訳がない」精々出来ても2本のアンプルを閉じ込めておいて床に投げつけて光らせる程度だ。それでは商品とならぬと中洲は却下(この案は既に中国競合相手が商品化していた)。だったら競合相手の彼等が方法を見つける前に見つけなきゃ。中洲焦る。試行錯誤の毎日。中洲とヒハラにヤマテも加わり珍案出してはヒサシ達若手が試作試作。どれもダメダメそして諦め。中洲の罵倒。「なにかがある」と模索する。「きっと何かを見落としている」2019年に入って遂に発光の鍵が見つかりました。構想はまとまったものの手作りも難しく形になっておりません。それでも特許出願。だが肝心のボールの成形と発光液のカップが仕上がらないのです。「もう時間がないのだ」中洲連日の叱咤。そして7月、遂にボールとカップの製造が大連ルミカで始まりました。

夢が続きます。舞台は一転して2020年のパリーグ開幕戦。もはや世界最強の球団の一つにに成長したホークスの開幕戦です。始球式で孫正義が硬いボールに仕掛けられた2箇所の柔らかいスイッチを指で挟んで押すと「あ〜ら不思議」大閃光で輝くその大閃球をキャッチャー目掛けて投げます。硬球ボールほど重くないので非力の孫正義でも見事な光る軌道を描いてボールはキャッチャーのミットに収まりました。笑顔の孫正義に観衆が万雷の喝采で応えたのです。

このボールは「当時の日本の社会で一番貧しくそれでいて誰よりも大きな夢を追った少年、孫正義」への高校の先輩中洲士郎からのオマージュです。

それではホークス球場がブルーの大閃球で埋まる日まで何回かに渡って「光るボール」の話をさせて頂きましょう。

アイパオの話(その38)

歳をとると場所と時に関係なく突然睡魔が襲って参るのです。由布院の農園に行くときは途中で必ず目が重くなりPAで一眠り。わずか5分でも眠ると視界がスーッと楽になります。役員会なんかでは他に悟られないようにタブレットを前に芸術的にカミンします。別に歳を取らなくとも誰でも睡魔に襲われるものでしょう。そして一日中でそんな時の仮眠ほど心地よいものはありません。

最近東京の進んだ会社では気持ちよくソファーなどで仮眠取るのを許す会社が出てるそうだ。今日の役員会合でルミカの女性役員から積極的に仮眠を取って頭をスッキリさせて仕事の効率を上げてもらう制度の提案があった。

それで中洲士郎この提案に悪乗りしてアイパオと結びつけてアイパオカミン(愛包仮眠)の開発販売を思い付きました。

仕様は

4.4㎡のカプセル仮眠室。完全断熱防音で空調機付き。解説ビデオ見ながら社員数名で 1日で組み上がる。

使い方の例

ポケットプロジェクターで真っ白の天井に夜空の星が或いは清らかな水中を魚がそして何処からともなく微かにBGMが流れる。タイマーが効いて20分すると振動が起床を知らせる。これも真っ白の床にマットレスが3枚。両サイドに棚があって各自名入りの枕。利用者の公平を期する為にカンパ箱があってカミン毎に100円を投入して社員パーティのカンパに。

セールストーク

仮眠での士気高揚だけでなく自然や交通災害の備えとして、社内厚生キャンピングに、オフィスの宿泊設備としても使えます。

価格と数量

その性能効能にしてワンパオ僅か17万円(1万元)。開発元のルミカは数年以内に世界で年間10万棟の販売を予定(なんとルミカの現在の年商の4倍)。

これがアイパオカミンの骨組みです。4.4㎡天井高2mこれに床や外装を張って皆さんと一緒に夢の空間を完成させましょう。

アイパオの話(その35)

読者の皆様には何時も下らない年寄りの繰り言にお付き合いいただき本当にありがとうございます。老婆(ラオポ)がうるさいので書くのを止そうと思うのですが毎日毎日面白い事が起こり作文が下手でも記録に残さなきゃと頑張っております。今日も是非最後までお付き合い下さい。

歳を取ると先が読めるのです。それも自分でもウットリするくらいにね。所がその先の先が読めずに例によって落とし穴に落ち込む話です。

もう5年も続く新製品開発の毎日も遂にゴール目前だと仲間たちにハッパをかけております。そのゴールのテープは6月26日から3日間北京国際防災展が開催される北京国際展示場のブースに掛かります。アイパオ、アイロッド、Bi見逃サーズ、サイリュームスプレーなど5年間の力作の出展です。老胡(ラオホ)はじめ大連ルミカの仲間たちは可哀想にトラックに資材を満載して14時間かけての北京入り、そして「未完成のアイパオ」の設置の2日間でした。中洲ときた日には21日の福岡大連の飛行機の予約が間違ったので搭乗出来ませんでした。それで24日急遽韓国に飛んで廃業した同業会社の社長と事業の引き受けの話し合いをして北京に入ったのが25日の夜。疲れ果てた仲間たちに謝るだけです。

こんなに綺麗なブースをこさえてくれました。アイロッド、アイパオ、防災グッズです。

さあ26日の朝です。会場でアイパオの勇姿を目の当たりにして檄を飛ばしました。そもそも防災防犯など事業としては一番難しい。そんな面白くもない展示会を覗く一般客なんかいやしない。その防災展に出展したのは100%中洲の選択ミスであります。だが明日を予想できないのが世の常。それで「何かが起こる。何かがアイパオに食らいつく。だから1件の大商談をまとめよう。隊長は慕(ムー)君。頑張ろう」で始まりました。

開場前に金魚総経理と展示場を見て回りますと獲物が続々います。中国VBにとって空中ドローンの次の狙い目は水中ドローン、しかし二匹目のドジョウが難しい。映像電波が通らない水中では発想変えなきゃいけないのに皆アタマが悪いようです。

救命用ラジコンボートを見つけました。以下のURLで映像をご覧ください。

このボートに我がBi見逃サーズ50mを取り付けてラジコンで「防水オズモポケット」を水中に上下させるのです。操作はネット経由で手元のスマホで行います。この会社に共同開発を持ちかけると勿論乗って来ました。救命用ボートだけなら売り上げは知れているからです。

どの会社も必死で新製品開発に取り組んでいます。水陸両用車もあってキャンパオと結べば面白い水上生活空間が出来そうです。

開演になり我がブースに戻りますが心配した通り客が少ない。金魚と相談。貴重な時間を無駄には出来ない。それで翌日の27日姫野さんと3人で連云港に飛んでルミカ東海の後始末に出かけることにしてホテルと飛行機を全て変更したのです。ところがブースに戻ると中国中央テレビの女性社員が待ち構えていました。「ルミカの社長がいるなら是非取材したい。それも明後日12時半に北京国際飯店のホールで」と。そこで金魚さんに「そういうことです。大物が掛かったのです。再度予定を変更しましょう」得意満面の中洲士郎、26日9時半からの防災展会場でのアイパオ取材を決定しました。そして再度変更した連云港からの北京着は26日午前2時、強行軍が待っておるのです。

26日朝、1時間の録画取りが終わりそれが中国全土に流されるとルミカのアイパオは世界の注目の的になるはずです。筈でした。

由布農園の昼下がり

最近はとみに高齢者の運転事故が問題ですね。ウッカリミスが殆どで中洲も毎日身に沁みております。昨日も大きな旅行カバン抱えての大連行きで・・・チェックインしようとしたら予約した搭乗日が間違ってて乗れませんでした。馬鹿さ加減にドッと疲れが出ます。

しかし「これ幸い」と大連でのアイパオ戦闘はオーノ、イワモト、ヒメノに託して今日は朝早く会社でサクラマス達の世話をして由布農園に駆けつけました。

ヤッパリ休日は農園に限ります。アスキーに起こされて淡竹(ハチク)の筍狩です。愛車アウトランダーの中で冷房かけてウトウトと幸せなお昼寝に浸り切っていたところでした。

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新澤さんがヒロコさんの為に里芋植えてます。

しつけの悪いアスキーの鶏たちが直ぐに畑の畝を壊します。可哀想なニイザワさん仕方なく網を張ってました。

それでアスキーがパンで彼らを呼び寄せて連れ帰りました。

田んぼではニイザワ小屋で育った合鴨の雛が今年も健気に水を掻いております。

新築中の中洲別荘。由布岳を背景に現れる勇姿と共に中洲のヘソクリはどんどん減ってしかも支配権は中洲の手から離れようとしているのです。

帰路、お魚用の200Lの水を揺らしながら大分道を走って夕飯に急ぎました。