由布農園の昼下がり

最近はとみに高齢者の運転事故が問題ですね。ウッカリミスが殆どで中洲も毎日身に沁みております。昨日も大きな旅行カバン抱えての大連行きで・・・チェックインしようとしたら予約した搭乗日が間違ってて乗れませんでした。馬鹿さ加減にドッと疲れが出ます。

しかし「これ幸い」と大連でのアイパオ戦闘はオーノ、イワモト、ヒメノに託して今日は朝早く会社でサクラマス達の世話をして由布農園に駆けつけました。

ヤッパリ休日は農園に限ります。アスキーに起こされて淡竹(ハチク)の筍狩です。愛車アウトランダーの中で冷房かけてウトウトと幸せなお昼寝に浸り切っていたところでした。

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新澤さんがヒロコさんの為に里芋植えてます。

しつけの悪いアスキーの鶏たちが直ぐに畑の畝を壊します。可哀想なニイザワさん仕方なく網を張ってました。

それでアスキーがパンで彼らを呼び寄せて連れ帰りました。

田んぼではニイザワ小屋で育った合鴨の雛が今年も健気に水を掻いております。

新築中の中洲別荘。由布岳を背景に現れる勇姿と共に中洲のヘソクリはどんどん減ってしかも支配権は中洲の手から離れようとしているのです。

帰路、お魚用の200Lの水を揺らしながら大分道を走って夕飯に急ぎました。

由布農園だより

先週は大連でしたので2週間ぶりの由布農園です。

由布農園も汗ばむ暑さでアスキーの鶏達はルミカ農園のあちこちにで土を被って体を冷やしております。田んぼには 水が張られて田植えがそして合鴨の雛達が出陣間際でした。

収穫の本命は島ラッキョウ(由布院エシャレットに改名)、これにニイザワさんの玉ねぎと中洲パオで育った貧相なジャム用イチゴでした。魚植共生でサクラマス達の水温を13℃に抑える為にカルキの無い氷を確保しなきゃ。それで愛車で200Lの井戸水運搬も本日のTODOにリストアップされておりました。

来客がありましてね。退出されてから日暮れまで時間との勝負。農家ってのはその日その日の予定があって毎日時間との闘いなんです。

2002年4月に10数本で始まった島ラッキョウ事件が遂に感動のうちに最終章です。ニイザワさんもアスキーも中洲の島らっきょうに感嘆絶賛でした。本当に凄い。親元の沖縄伊江島産を超えてしまったのですよ。

原種をネットから拝借。もっと脚長の美人ラッキョウにするのが15年間の夢でした。

全部型が揃って、しかもずっと脚が長い。葉っぱの太さ勢いが他所と比べ物にならん。今年も頂いたお歳暮のお返しで老婆(ラオポ)にうるさくせかされて必死の皮むきでした。31日には東京支店でのBBQ大会に招待されているので大量に持ち込みましょう。

アスキーんちのポリスブラウン「愛ちゃん」まで試食に来ています。

根が深く強く張ってます。今年の畝は3回足で土を上げました。土が良いですね。秘訣はLMC34菌と鶏舎を掃除して失敬した良質の鶏糞のすき込みでしょうか。

本当に悠長な中洲別荘の建築現場。昨日から組立が始まりました。これから毎日姿が現れます。乞うご期待。

アイパオの話(その27)

夜中。アイパオの行く末を思案するうちに例のセグチ女史のメッセージを思い出しました。

「アイパオを世界で流行っているグランピングに展開するのはどうだろう」です。

日頃一目置いている彼女の透察力と着想、それを1ヶ月も経ってふと思い出してネットを検索しました。「グランピング??」「これだ!!面白い」それに先日手に入れた三菱の中古PHEVアウトランダーと組み合わせれば最高だ。

低層アイパオを4WDSUVに積み込んで走り回って清水の湧き出るところにグランピングアイパオ(長いからグランパオだ)を建てて温水シャワーも有る快適な電化生活を始める。誰もうるさいのが居ず漢詩を読んで音楽聴いてコーヒーにシングルモルト入れて小川軒のレーズンサンド食べて時折屋根から突き出したBi見逃サーズで野生動物を観察、海のそばならこっそりサザエを摂って壷焼きに舌鼓。夢が膨らむ膨らむ。

夜が開けるのを待って由布院に向かいました。グランピングの現場調査です。アスキーが奇声を上げると例の合鴨達がお尻をフリフリ隣から走って来ました。ビデオでお終いに映る小屋は忙しい中でニイザワさんが合鴨たちにこさえてくれたアイパオです。

合鴨と遊んでアスキーに相談したら近くのグランピング宿に連れて行ってくれました。彼はもはや由布院塚原の生き字引です。

インデアンの住まいですな。

親切なおやじで色々教えてくれました。

①テントはスエーデン製で高価。地面と布製テントの湿気が悩み。あんまり住めたものじゃない。

②日本中簡易宿所としてドンドン広がっているが衛生面で問題になるかも知れない。

話を聞くうちにグランパオに限ると確信。

説明終わって、「夜毎鹿達がねえ。大切な苗木を嚙り散らかすんでそれが悩みよ。日本中そうよ。何かいい方法ないかなあ」そうだ。「モグニゲル」を改良して「鹿ヨラズ」を開発しよう。1本100円なら誰もが買ってくれるに違いない。

アイパオの話(その19)

昨日10日は爽やかな日本の秋晴れの中一路由布農園へ。幸せを噛み締めました。

農園では新沢さんが育てた里芋、生姜、そして菌を打ち込んで1年半遂に立派な椎茸が薄暗いアイパオの中で大きな傘を付けていました。

老婆(ラオポ)の渋柿。去年は収穫が早すぎたと老婆(ラオポ)に散々文句言われたので今年はまだしっかり熟らしております。

後ろがアイパオの椎茸小屋です。

大きな立派な椎茸にもうビックリ。家に持ち帰り一個だけ老婆(ラオポ)とバタ焼きして食べました。もう悦楽でした。アイパオ様様です。

12日大阪のお客様に届けます。

桑野さん宅の見事な紅葉。これを見て牛小屋を断念。人間の住む家に変更しました。

リックの家の紅葉。一昨年のように青が入った七色にはなりませんでした。

モグニゲル

モグラが退散したのは5m四方位の狭い範囲です。次回更に詳しく効果を調べます。

今日は足早に由布農園とアイパオの報告でした。

アイパオの話(その7)

最近はウイスキーにはまっております。一年前知り合った「タリスカー」から今度は「オーヘントッシャン」です。いずれもスコッチのシングルモルトです。量が過ぎるとやっぱり朝お腹が重く感じます。

そういう時はいつかもお話ししましたが韓国家庭料理でスープに飯の入ったククパップが一番です。中でも棒鱈(たら)のブゴククが最高。スーパーで開いた鱈の塩漬け乾燥品を買って先ずオーブンでこんがり焼き塩抜きしてほぐしスープを作ります。これに大根の短冊、薄揚げとトーフを入れて煮込みます。焼きあごと同じく冷水に一晩浸けて味を出すのがいいのかもしれません。たぎったら少し硬めのご飯を入れて出来上がり。中洲の家族はみんな一様に不味いと不評だから由布農園で一人で作って食べます。

由布院農園には結構見知らぬ来客が多いのです。農園の前の農業水路の土手を歩きながら「何をなさってますか?」の声には大抵「遊んでます」と答えますと「へえ遊んでいるのですか?」と怪訝そうです。

10年ほど前の年の暮そうやって「お邪魔してもいいですか」に「はいどうぞ」と、この時は男女のふたり連れを招いたのです。6角形の小屋「SOHO1号」なんか覗いて「まあ。アートですね」なんてキザなこと言ってます。

お昼ですから例のスープ飯が余るので勧めると大層気持ちよく「美味い美味い」の連発。こちらも気分良くなりました。忙しいので早めにお引き取りいただきました。

翌年の正月会社に礼状が届きました。農園入り口のルミカの表札見てでしょう。内容は「ルミカ社長様。御社の由布院の農園に突然お邪魔しましたが大層親切な管理人さんに昼食をご馳走になりありがとうございました。どうぞあの管理人さんを大切にしてください」と。

「中洲はやっぱり見かけ悪いんだな・・・」

トンマな差し出し人は東京の木場フィットネス佐々山ミキとありました。木場なら東京支店からも近いし半年ほどして面白半分に訪問し東京出張時にはそのワンコインフィットネスに通うようになりました。

会社の常務もここに通ってミキさんのアドバイスをまじめに受けて物の見事に体質を改善したのです。

フィットネスコンビニ店経営のかたわら老人相手のソーシャルワークに精を出すそのミキさんですから東北震災救援にはじっとしておれません。

その彼女3月28日の夜青森の八戸に向かって借りたワンボックスを勇躍飛ばして行ったまま消息がありません。大丈夫だろうか。

4月1日ミキさんから次のメールが入りました。

連絡遅くなりました。

皆様からお預かりした物資を届けて、昨夜2時ころ無事石巻より戻りました。心配してくれるメールもたくさん頂いていたにも関わらず、連絡が遅くなり申し訳ありませんでした。

肉体的・精神的な疲労もさることながら、私が現地で感じたこと・体験したことをまだうまく言葉にまとめられずいるうちにこんな時間になってしまいました。

まず何よりも先に、今回ご協力・ご支援頂いた皆様にお礼の言葉を述べさせて頂きたいと思います。本当にありがとうございました。私個人の力では決して成し得なかったことです。

それから、バタバタしていてせっかく頂いたメールにマメに返信できなくてすいませんでした。

今回私たちは29・30日と2日かけて石巻と女川、牡鹿半島の一部を回りました。

連日テレビやネットを通じて被災地の状況を目にしていましたが、実際にこの目で見た現地の状況は想像を遥かに上回るものでした。

この2日間で私はたくさんの人に出会い、たくさんの絶望と悲しみと、そのさらに奥にある人間の強さと優しさと生への欲望を目の当たりにしました。

その場に行かなければ、その人たちと触れ合わなければ知り得なかった事が本当にたくさんありました。肉体も精神もこんなに削った経験を生まれて初めてしました。

そして今回皆様の協力を得てそれらを知る機会を与えて頂いたこと、本当に感謝しています。

また今回ご協力頂いた皆様に私の経験したものをシェアするとともに、今回の活動のご報告を兼ねて、現地で私が得たことをまとめて近日中に公開したいと思っています。ちょっと時間がかかるかもしれませんがお待ちください。

街が、そこに暮らす人たちが元の日常を取り戻すには途方もない長い時間が必要になると思います。

これらを公開することが今後の息の長い支援に結びついてくれることを切に願っています。

2011年3月31日

本当にありがとうございました!

アイパオの話(その6)

3月14日から出社です。何かバツが悪くて皆んなと会話になりません。大揺れに揺れた東京と違って福岡の連中に地震のすごさを理解しろと言う方が無理です。社内でおおっぴらに犠牲者を悲しむわけにも参りません。今度の24号台風だって「ああ自分の所から逸れた」ただそれだけです。天災なんてものは。

然し実際に大災害の現場を見た者にとってはじっとして居れないのです。早速あのへそ曲がりのイノウエ君に頼んでアイパオ のイメージを描いてもらいました。

イノウエ君が中洲の頼みを明らかに鼻で笑いながらサッサと絵にしてくれました。さあ大急ぎでアイパオの開発です。

それでは皆様にアイパオのいわく因縁を聞いて頂きましょう。iPadでアルバムを開くと先ず大分県は湯布院塚原の不良資産2000坪です。

1998年  取引先の建設会社から高値で摑まされました。それも川底の上一面を茅が覆うひどい荒地です。

1999年から会社の仲間を誘って(強制して)開発開始。オーノ君が中洲の土木建築の師匠になりました。

2005年強風に耐えるか12角形のビニールハウスを作ってみました。何とも不細工です。

2008年改良した屋根構造が特許になります。

2011年震災後大急ぎで準備。12枚のソーラーパネル設置。だがドアを忘れておりました。

ご覧のように福島のK化学買収同様ここでも中洲の無駄遣いからコトが始まっております。だからこの荒地と20年間格闘しているわけです。「週末農業羨ましいですね」と人は仰います。確かに楽しいですが農業とは時間との戦いで相棒の新澤さんは黒板にTODOLIST書いては消しこむ毎日です。草刈りも終わる時には出発点の草があざ笑うように伸びております。アスキーの鶏も越境して畝を作る端から足で壊します。新澤さんはキャベツに卵を産み付ける可愛い蝶々を本気で追い回さなきゃいけません。2000坪はなかなか大変な広さです。

そして又ここは色んな開発の拠点であり人との出会いの場所でもあります。

由布岳の西端からのオロシは強烈で折角建てた最初の5棟の高床式小屋「オヤジ1号」は台風19号で壊滅。この経験から6角形の小屋「SOHO1号」開発で勝利しました。

素人の悲しさ。5棟全部吹っ飛びました。

6角形だと基礎なしでも20年健在です。

強風のためにここ塚原地区にはビニールハウスは一棟もありません。そこでモンゴルのパオに倣って12角形のビニールハウスを開発し生ゴミ発酵菌を研究してRMC35菌を量産、壁構造から棚構造にすれば躯体が強靭になることを見つけてニワトリ小屋に応用しました。これが被災地救援用簡易組み立てテントハウスへ発展したわけです。

中洲はこれを動機不明の芋づる式開発と定義しております。人との出会いも又不思議に商品開発と絡まってくるのです。

アスキーの合鴨たち

今日から7月。正真正銘の夏です。雨も上がったので由布院行。主な目的はアスキーの合鴨視察。今日は下手なエッセイより写真でいきましょう。

アスキーが変な声で呼びますと・・・

鳥たちが物凄いスピードで田んぼを走って来ました。

全部で7羽が小屋に揃いました。

少しだけ社会派になってオタマジャクシの調査です。

前回報告しましたがアスキーの隣の田んぼでは除草剤でご覧の通りオタマジャクシが殆ど死に絶えてました。一方アスキーの田んぼでは全部合鴨君の餌食で姿が見えません。いずれにしろ大量に生まれて少しだけ生き残る運命でした。

合鴨たちが頑張ってます

由布農園です。大変お世話になった旅順の衣書記(現在は大連市秘書室長)に由布岳エシャレット食べて健康維持して貰おうと沢山収穫しました。

ここの仲間達は皆いつも面白いことを始めます。となりのアスキーさん今度はコメ作りです。それも合鴨を飼っての無農薬コメ作りに挑戦です。

未だヒヨコですがそれでも雑草の芽と稲の虫を食べ、足で土を掻き回して稲の生育を助けます。そうして頑張ってもらって秋には美味しい鴨料理をご馳走してくれるのです。

この時期どの田んぼも農協様の指導を受けて大量に除草剤を撒いております。数日もすれば田んぼのオタマジャクシは全て腹を向けて死に絶えます。生き残るのは西洋タニシだけ。この時期川の水も汚染されているから子供は勿論犬も泳がせてはいけません。皮肉なことにアジアから沢山のお客が日本の安全な食材を求めてやって来て最近は美しい棚田見物まで組まれています。

誰かが農薬検査して中国より日本の食材の方が農薬に汚染されて危険だと言い出したらどうなるのでしょうね。

BI見逃サーズでここ塚原の田んぼの畔をいくら探っても水性動物は見つかりません。今度中国の水田を探って見ましょう。「牛の小便が地下から川に流れたらどうするんや」との先日の罵声。自然界の事とは汚染の次元が違う農薬はOK、牛はダメがここ塚原の現実です。頑張るしかないですね。

低い人間の高い目線

由布農園です。今日は島らっきょうこと「由布岳エシャレット」の収穫。

イシバシ君がオトモダチとお遊びにやって来ましたのでこれ幸い。一緒にエシャレットを掘って洗って切って大助かりでした。しかしラッキョー嫌いのイシバシ君顔をしかめっ放し。母親も嫌いだと言うのでお土産なしの労働奉仕だけの農園の一日です。

由布岳エシャレットの畑です。

畑の横で笑顔のシャクヤク

朝は小雨で肌寒く薪ストーブが要りました。糖質制限やるとご馳走に難儀します。途中の玖珠PAで買ってきた唐揚げのオンパレードにイシバシ曰く「油まみれ」の昼食でした。

2人が帰ると同時に牛舎反対の会の会長がやって来て話し合いです。先般渡しておいた「中洲士郎の見解書」に対する20通程の意見を頂きました。薪ストーブの横で読むうちに薪の火も加わって中洲の赤面いやが上にも増して参ります。

拙かった。「不覚なり」です。例の意見書は火に油を注いだだけでした。人に意見を聞いて貰うには必ずルールとマナーが要るのですね。例え自分が正しいと確信してもです。低い人間の高い目線での意見陳述だとすると更に恥ずかしいことです。予定された6月6日の公民館での会合では皆さんに謝らないといかん。

この中洲士郎のブログでも読者の不興を買ってるかも知れません。「ヤバイ」

少しばかり頭の回転が速いことを良いことに相手を説得しようとしたら逆を招きます。「少しはうすらバカの調子の方が同意を得やすいゾ」そんな声が聞こえます。今度の6日は作戦を変えましょう。

光る水着を求めて

5/20(日)格安チケットLCCで福岡から香港に向かいます。

旅行名人のハシモト君の指示に従い香港空港で通関前にフェリーで珠海に渡り車で3時間、開平市に向かう旅です。

訪問先はハシモト君が光る水着の共同開発に意欲を持つ会社を見つけて4月29日深圳から6時間かけて訪問した会社です。若くて意欲的な老板が電気自動車のテスラを駆って珠海まで迎えに来てくれます。大きな仕事になるといいなあ。

期待を膨らませての出発です。

昨日の追記です。
やりましたねえ。中洲の畑の島らっきょうが優勝です。この1ヶ月で強烈な成長。白い足の長い美形の島らっきょうが一房に10個は付いてます。

年老いた母親に食べさせたい人は由布農園を訪ねてニイザワさんに貰って下さい。