光るボールの話(その4)

皆様お待たせしました。

ただ今大連で激戦中です。やっと光るボールの仕様と名前が決まりました。

名前は大燦球・BIG THANK YOU, ワンプッシュでボールの内側に新配合の発光液が付着して燦々と輝きメガホタルとなって飛翔します。

写真を御覧下さい。

まさにメガホタル

軽く押せば光ります

10月15日の夜、コムロとホテルの前で遊びました。日本に帰ってYou Tubeで動画でご覧にいれましょう。いい感じです。

この2年間、中洲のパワハラに耐えに耐えた5人の勇士に感謝。

ヒハラ、ヤマテ、ダン、ワンそして遂に体調壊したアリヨシです。

生産は本年中に第二工場を改装して日産4万個を目指します。その生産ラインには二酸化塩素ウイルスバスターも仲間入りです。

2階のワンフロア1000m2を占領。1階はアイパオ生産です。

豚コレラって怖い名前ですが英語ではSWINE FEVER、豚熱だから大したことありませんが可哀想に豚さんがどんどん殺処分されています。そこでボール型ウイルスバスターの登場です。

「そんなんでウイルスに効果が有るのか?」

その中洲の率直な疑問に対して

「この地球上に二酸化塩素以上に人類に安全でウイルスの活力を弱める素材はありません。有ったら教えて下さい。直ぐに取り替えましょう」この名文句をはいたT社のS社長。本当にキレの良いイカサマ言葉に惚れ惚れです。

という訳で今度は可愛い子豚救出作戦を開始します。

光るボールの話(その2)

今日もギラつく太陽の下で街は夏休み真っ盛りです。中洲といえば遊びたい老婆(ラオポ)を避けて遅れた商品開発に腐心しとります。一昨年の今頃長男家族が帰省して山下湖の由布院ゴルフクラブロッジに泊まったのが最後の休暇でした。大人4人幼児2人のささやかな一泊旅行です。現代の若夫婦ってのはどうして子供にあれ程思いやり深いのでしょう。子供はと言えばどいつも当然の顔しており親に遊んで貰った記憶がない中洲にとってはシャクの種です。

それでも「爺ちゃん!」と呼ばれるとついついデレデレです。その日も家族から離れ温泉じゃないヌルい追い炊きの露店風呂に電気を点けずに入っておりました。月のない星空がボンヤリ見えます。折角独りゆっくり浸かっていたら4歳の孫娘がルミカのLEDツリー(クリスマスじゃないのに)とボンヤリ光ったUFOボールを手にしてお風呂に入って来たのです。

ボールを中洲の湯船に投げ入れたので裸じゃない孫娘に話して聞かせました。「なあリオよ。このユーフォーボールはね爺ちゃんが作ったとよ。(社内で誰もそうは言わないし無関心です)。これが売れに売れてね~。リオみたいな子供が皆んなお父さんにねだるので何処も売り切れて大変やった。100万個は売れたかな~」「ひゃくまんこ?」「100万個って分かるとね」「ひゃくまんこやろう」

今日はこのUFOボールの開発のいきさつをお話しして喧嘩が弱いくせに電柱に小便引っ掛けて縄張りを主張するあの頃の痩せ犬みたいに中洲はUFO開発者の栄誉を主張しておきましょう。

時は1981年の始めの頃だったでしょうか。大島東一の難を逃れて飛び込んだのが一桁上を行く曲者、青島功夫の渋谷の巣窟でした。知性の塊のチーコ、イトー姉さんとサクマさんを前にできたてのUFOボールを置いてブリスターパッケージの打ち合わせです。

このボールは埼玉に工場を置くノダロンという会社でこさえて貰いました。バカでかい回転溶封機が工場の宙を回っておりました。釜の中のボールの金型にはEVAペレットが入っており溶かしてヘソなしボールを作るのです。中洲が求めたのはそのペレットを半溶融状態にして穴開きにする事でした。簡単です。直ぐに生産が始まりました。

急いでパッケージをこさえなけりゃいけません。4人雁首そろえて仕様が決定。最後がキャッチフレーズの番でね。さて怪人青島功夫は府中、一高、東大出の超秀才。背丈190cmの偉丈夫それにギリシャ彫刻のような彫りの深い顔。怪人は劇団バロックを旗揚げして詩劇を主宰しており都内のリッチな女子団員に先生先生と呼ばせておりました。超多忙の中、東京理科大学で英文学を教えていましたが後で分かったのはその装いで世間を欺いていたのです。世間知らずで「一見お人好し」の中洲士郎が悪の巣窟に舞い込んできて珍劇が続いていきます。

彼の会社バルジンの大きな社長机に向こう向きに座って、翌日の授業の準備をしながら「聞いとくからキャッチコピーを色々口にしろ」と偉そうにね。チーコさん達3名が色んなキャッチを口にするが先生は音無しの構え。

そこで中洲士郎「日が暮れても」とやると「それだ。続けろ」そこで続けて「パパと遊べるUFOボール」「それだ。それで行く」決まりました。だけどね実は口に出して言わなかったけど中洲士郎には別のフレーズがあって妄想していたのです。

「日が暮れたらパパと遊べるUFOボール」です。こんなストーリーです。(父恋しい)野球好きの少年がいてね。ある時一人の青年が光るUFOボールを少年に手渡しました。「ねえ君。あの橋のたもとの真っ暗の藪にこのボールを投げ込んでみてごらん」少年は言われた通りに力一杯ボールを藪に投げ込む。と・・「よーし。いいぞ、いい球だ」確かに聞き覚えのあるあの声がして光るボールが少年に返って来たのです。暗闇相手にキャッチボールが続きました。

光るボールの話(その1)

今朝のことです。満面の笑顔でヤマテ君が光るボールのサンプルを古賀の本社に持って来ました。発想から2年、ついに完成です。

貴重なサンプルですから社内デビューは朝のテレビ役員会としました。その役員会の席で全役員の眠気を吹っ飛ばしたビデオをご覧に入れます。TVモニターの向こうでエンドー君の「これは売れる~」と悲鳴に似た声。

マジシャンが観衆を前にケミホタルを折り曲げて光らせた幼稚なマジックから40年経ちました。

ガラスアンプルを破割して2液を混合させると言う米国ACC社ローハット博士のアイデアがサイリューム6インチとなって誕生して以来、化学発光は折り曲げて光らせるモノでした。言わばローハット呪縛の50年だったのです。それが2017年12月にトリガー式発光スプレーの開発が成功してから新たな挑戦が始まりました。アンプルを使わない発光体です。

それは市販のポリウレタンボールの内面をトリガーで発光液を注入することから始まりました。

これは2018年6月大連での発見と創造展でデビューしました。ドガワ演じるのは老いた機械屋です。老人は密かに想いを寄せる娘の為に光るボールをこさえます。カナエ演じるそのマッチ売りの少女が会場でマッチじゃなく籠の光るボールを配りました。

だが発光液の注入じゃなくボールに予め2液を装着して何らかの力を加えてボール内で混ぜ合わせなければならない。この要求が出たのはソフトバンクホークスの舞台裏です。

先ず場面を2011年の鷹の祭典に戻しましょう。

ホークス勝利の後、酔いしれた数万もの観衆が振りかざすルミカライトで球場全体がブルーの光る海になりました。

中洲も現場でコムロ達営業開発の連中の苦心が実った一瞬を目にしました。大抵新しい企画は最初はアウトです。この演出を球団に持ちかけたところ観客がスティックを投げると危険だからと言うので不採用になりました。しかしそれをこじ開けたのが孫正義のツルの一声でした。「面白いからやってみようじゃないか」

時が経ちホークスの担当者から伝え聞くと当の孫正義「当たっても痛くない光るボールが欲しい」と。そうなると光っていないボールが子供でも握って指で押すとバーっと光る。球場全体が光るボールで揺れ動き更に・・・観客が一斉にグラウンドの選手たち目掛けて大閃球を投げる。グラウンドは光の海に。

「夢追いびと孫正義の夢を叶えたい」

そして自発光ボールの開発が始まったのが昨年の11月。

「課題はボールを外部からの優しい力で光らせる」「そんなのできる訳がない」精々出来ても2本のアンプルを閉じ込めておいて床に投げつけて光らせる程度だ。それでは商品とならぬと中洲は却下(この案は既に中国競合相手が商品化していた)。だったら競合相手の彼等が方法を見つける前に見つけなきゃ。中洲焦る。試行錯誤の毎日。中洲とヒハラにヤマテも加わり珍案出してはヒサシ達若手が試作試作。どれもダメダメそして諦め。中洲の罵倒。「なにかがある」と模索する。「きっと何かを見落としている」2019年に入って遂に発光の鍵が見つかりました。構想はまとまったものの手作りも難しく形になっておりません。それでも特許出願。だが肝心のボールの成形と発光液のカップが仕上がらないのです。「もう時間がないのだ」中洲連日の叱咤。そして7月、遂にボールとカップの製造が大連ルミカで始まりました。

夢が続きます。舞台は一転して2020年のパリーグ開幕戦。もはや世界最強の球団の一つにに成長したホークスの開幕戦です。始球式で孫正義が硬いボールに仕掛けられた2箇所の柔らかいスイッチを指で挟んで押すと「あ〜ら不思議」大閃光で輝くその大閃球をキャッチャー目掛けて投げます。硬球ボールほど重くないので非力の孫正義でも見事な光る軌道を描いてボールはキャッチャーのミットに収まりました。笑顔の孫正義に観衆が万雷の喝采で応えたのです。

このボールは「当時の日本の社会で一番貧しくそれでいて誰よりも大きな夢を追った少年、孫正義」への高校の先輩中洲士郎からのオマージュです。

それではホークス球場がブルーの大閃球で埋まる日まで何回かに渡って「光るボール」の話をさせて頂きましょう。

アイパオの話(その38)

歳をとると場所と時に関係なく突然睡魔が襲って参るのです。由布院の農園に行くときは途中で必ず目が重くなりPAで一眠り。わずか5分でも眠ると視界がスーッと楽になります。役員会なんかでは他に悟られないようにタブレットを前に芸術的にカミンします。別に歳を取らなくとも誰でも睡魔に襲われるものでしょう。そして一日中でそんな時の仮眠ほど心地よいものはありません。

最近東京の進んだ会社では気持ちよくソファーなどで仮眠取るのを許す会社が出てるそうだ。今日の役員会合でルミカの女性役員から積極的に仮眠を取って頭をスッキリさせて仕事の効率を上げてもらう制度の提案があった。

それで中洲士郎この提案に悪乗りしてアイパオと結びつけてアイパオカミン(愛包仮眠)の開発販売を思い付きました。

仕様は

4.4㎡のカプセル仮眠室。完全断熱防音で空調機付き。解説ビデオ見ながら社員数名で 1日で組み上がる。

使い方の例

ポケットプロジェクターで真っ白の天井に夜空の星が或いは清らかな水中を魚がそして何処からともなく微かにBGMが流れる。タイマーが効いて20分すると振動が起床を知らせる。これも真っ白の床にマットレスが3枚。両サイドに棚があって各自名入りの枕。利用者の公平を期する為にカンパ箱があってカミン毎に100円を投入して社員パーティのカンパに。

セールストーク

仮眠での士気高揚だけでなく自然や交通災害の備えとして、社内厚生キャンピングに、オフィスの宿泊設備としても使えます。

価格と数量

その性能効能にしてワンパオ僅か17万円(1万元)。開発元のルミカは数年以内に世界で年間10万棟の販売を予定(なんとルミカの現在の年商の4倍)。

これがアイパオカミンの骨組みです。4.4㎡天井高2mこれに床や外装を張って皆さんと一緒に夢の空間を完成させましょう。

アイパオの話(その35)

読者の皆様には何時も下らない年寄りの繰り言にお付き合いいただき本当にありがとうございます。老婆(ラオポ)がうるさいので書くのを止そうと思うのですが毎日毎日面白い事が起こり作文が下手でも記録に残さなきゃと頑張っております。今日も是非最後までお付き合い下さい。

歳を取ると先が読めるのです。それも自分でもウットリするくらいにね。所がその先の先が読めずに例によって落とし穴に落ち込む話です。

もう5年も続く新製品開発の毎日も遂にゴール目前だと仲間たちにハッパをかけております。そのゴールのテープは6月26日から3日間北京国際防災展が開催される北京国際展示場のブースに掛かります。アイパオ、アイロッド、Bi見逃サーズ、サイリュームスプレーなど5年間の力作の出展です。老胡(ラオホ)はじめ大連ルミカの仲間たちは可哀想にトラックに資材を満載して14時間かけての北京入り、そして「未完成のアイパオ」の設置の2日間でした。中洲ときた日には21日の福岡大連の飛行機の予約が間違ったので搭乗出来ませんでした。それで24日急遽韓国に飛んで廃業した同業会社の社長と事業の引き受けの話し合いをして北京に入ったのが25日の夜。疲れ果てた仲間たちに謝るだけです。

こんなに綺麗なブースをこさえてくれました。アイロッド、アイパオ、防災グッズです。

さあ26日の朝です。会場でアイパオの勇姿を目の当たりにして檄を飛ばしました。そもそも防災防犯など事業としては一番難しい。そんな面白くもない展示会を覗く一般客なんかいやしない。その防災展に出展したのは100%中洲の選択ミスであります。だが明日を予想できないのが世の常。それで「何かが起こる。何かがアイパオに食らいつく。だから1件の大商談をまとめよう。隊長は慕(ムー)君。頑張ろう」で始まりました。

開場前に金魚総経理と展示場を見て回りますと獲物が続々います。中国VBにとって空中ドローンの次の狙い目は水中ドローン、しかし二匹目のドジョウが難しい。映像電波が通らない水中では発想変えなきゃいけないのに皆アタマが悪いようです。

救命用ラジコンボートを見つけました。以下のURLで映像をご覧ください。

このボートに我がBi見逃サーズ50mを取り付けてラジコンで「防水オズモポケット」を水中に上下させるのです。操作はネット経由で手元のスマホで行います。この会社に共同開発を持ちかけると勿論乗って来ました。救命用ボートだけなら売り上げは知れているからです。

どの会社も必死で新製品開発に取り組んでいます。水陸両用車もあってキャンパオと結べば面白い水上生活空間が出来そうです。

開演になり我がブースに戻りますが心配した通り客が少ない。金魚と相談。貴重な時間を無駄には出来ない。それで翌日の27日姫野さんと3人で連云港に飛んでルミカ東海の後始末に出かけることにしてホテルと飛行機を全て変更したのです。ところがブースに戻ると中国中央テレビの女性社員が待ち構えていました。「ルミカの社長がいるなら是非取材したい。それも明後日12時半に北京国際飯店のホールで」と。そこで金魚さんに「そういうことです。大物が掛かったのです。再度予定を変更しましょう」得意満面の中洲士郎、26日9時半からの防災展会場でのアイパオ取材を決定しました。そして再度変更した連云港からの北京着は26日午前2時、強行軍が待っておるのです。

26日朝、1時間の録画取りが終わりそれが中国全土に流されるとルミカのアイパオは世界の注目の的になるはずです。筈でした。

チェリービールの話(その12)

市場調査のお話です。

長い大連出張からやっと日本に戻りました。会社というのは業績悪くて必死の時に気付かないのが「社内の厭世ムード」です。それが業績好調になると若い者は目的失調にでもなるのか鬱に囚われるようですね。

開発小屋でくつろぐ暇もなく管理本部長から「大変です!」と泣きつかれたのです。やれやれですね。しかし(これはいい口実になる)と思い直し「よ~しこんな時は飲みに行かなくっちゃ」とばかり問題のA君を連れて古賀からバスに乗って中洲に繰り出す事にしました。

中洲村も久しぶりです。バスを降りて日銀の裏手にある喫茶兼スタンドバーをふと思い出し、ちょっと顔を出す事に。そこのママは中洲若子の仲良しだったのでそのお礼で若子の死後時々飲みに行くようになりました。ほんの暫くのご無沙汰だと思っていました。今日の相棒のA君と静かに止まり木で冷えた生ビールで喉を潤して退散する心算が・・。「士郎さん、6年も来とらんよ。この子知らんやろう。もう5歳だ」ぽっちゃり丸顔のママが違う相手に本気で怒ってるようでした。抱いているのは可愛い娘でね。「あのう。僕の子じゃないよねえ」それで大爆笑。見知りの偉い先生(多分ママの追っかけ)も入ってきて店は大賑わいになりました。思えばズ~っと開発暮らしだったのです。

時間がないので傍の(管理部で頼りとする)A君を引っ張って隠れ居酒屋の「地球屋」と中洲村で一軒しか知らない「飲み屋N」を回って家にたどり着いたのは真夜中。長い出張でした。

翌朝「帰ってすぐに何処を飲み歩いとるんや」の老婆(ラオポ)に「開発や開発!」

実際綺麗な女性たちを前に中洲節で大騒ぎしてしまいました。年に一度も行かんのにそこも常連の振る舞いでねえ。(嫌ですねえ。静かに飲めばいいものを)しかし飲み屋で女性を喜ばせる極意はですねえ。大抵「実は今・・極秘のミッション中でね」と、懐から開発品を取り出して披露するのです。な~んだ思い出しました。いつも「ドラえもん」やってるわけです。

今回テーブルで披露するのは大連で誕生したばかりのルビー色に輝く「ルミコチェリーソース」(左手)とこれを使った極限のカクテル。この色をご覧あれ。「信じられない美味しさだわ!!」綺麗なホステスさんに気を良くしたが心配した通り帰りの勘定は高くてねえ。当分遊べません。

チェリービールの話(その11)

今日もセレンディピティ(予期せぬ幸運)です。

大連でのチェリーソースの開発も4日目で仲間たちに疲労感が出ております。その中で若いバンちゃんの甲斐甲斐しい動きは再放送中の「おしん」のようでした。

テーブルに並ぶサンプルの一つが中洲の目にとまりました。淡いピンクの液の表面が少し盛り上がっているのです。閃くものがあって少し傾けるとプリンとしております。ゲル化していたのです。

それは昨日張先生のチェリー農園で見つけた2本の名もないチェリーの搾汁でした。未だ脱水もしてないのにゲル化してます。金魚さんが「コラーゲンよ。日本女性の大好きな」って声を上げます。日本の消費者が愛でるコラーゲンは殆ど牛の骨から採った動物コラーゲンでしょう。これはもしかしたらチェリーから採った純粋の植物コラーゲン即ちチェリーセラミドかも知れません。実際バンちゃんと金魚さんの手の甲で薄っすらと光って皮膜をこさえています。

更にこのロータリーエバポレーターで2時間も脱水すれば天然のままで保存可能かも知れません。

「H子さんに捧ぐコラーゲンルミコ」なんて妄想を膨らませております。

1人の見目麗しい理系女が知り合いの会社に就職しました。研究職希望だったのに営業に廻され会社を辞めて大学の研究室に戻りました。そこで紹介された地元のVBを助けてリンゴ絞り滓からリンゴセラミド抽出の事業化に手を染めたのです。ベンチャー起業家の端くれ中洲はその事業に終始反対でした。物作りでは人と同じく原料の氏素性がしっかりしてないと大抵失敗するのです。ましてや絞り滓なんて養殖の餌に混ぜる位がオチです。結局3年間の艱難辛苦の挙句リンゴセラミドの事業化を諦め次に粉末冶金の研究室に入りました。その会社とは少しだけど縁があって(一応これが中洲の専攻でしたから)期待に違わず大きく輝いているのを知りました。惜しまれ泣かれて今春その下関の会社を寿退社したのです。だが果たせなかった夢、女性の肌を美しく輝かせるセラミド事業には依然思い入れが強いのです。

今回のチェリー化粧品開発は彼女に代わってのリベンジでもありました。動物には同じ品種ですら大きな個体差があるように植物でも品種によっては味と見かけが悪くても凄いパワーが秘められている。そんな事をワイン造りで耳にします。だったらチェリーで皆さんと一緒に隠れ品種を発掘してチェリーに新たな物語を仕込もうと言うわけです。

誰かさんの様な裏道交配と同じくチェリーにもハグレ交配での突然変異を期待するのです。大きくて美しく甘い新品種じゃなく農場主を裏切って見捨てられたチェリーです。それを偶々中洲チームが加工したら信じられない凄いパワーのコラーゲンルミコが生まれたという開発物語です。

化学物質ゼロだから皮膚に優しいのは間違いない。ウチの老婆(ラオポ)は化粧品アレルギーだから化粧代が掛かりません。このコラーゲンルミコは老婆(ラオポ)にうってつけかも知れんので帰国したら彼女にタダで実験を頼もうと思います。

チェリービールの話(その10)

チンユイ社長に頼んで大連ルミカにロータリーエバポレーターを設置して貰いました。これで思う存分実験ができます。空気漏れでヤマテ君は手直しで大変でしたが昨日から大活躍、何しろ安い、日本製の5分の一です。

昨日まででチェリーに残留農薬の心配はなくなりました。市場に出されるメジャーのチェリー・紅灯(ホントン)は色見でアウトです。だから自分たちでチェリーを探す他ありません。

それで今日は生い茂るチェリー農園に入って食べ歩きを楽しむ事にしたのです。この時期は大抵が紅灯(ホントン)という甘くて大きくて色見が濃いい市場で一番人気の品種です。加工するには色が濃いすぎるからアウトにしました。しかし70%くらいの成熟度なら一応テストする事にして仲間5人に収穫を頼み中洲一人園内をうろつく事にしたのです。

完熟前の紅灯。流石にチェリーの女王です。

しかしヤッパリあのチェリーが気になったのです。それは小粒で大層な鈴なりで赤見が強い厚い皮、しかも直ぐには外れないほどヘタが強いのです。要するに生命力がメチャ凄い品種、但し味は酸っぱいだけでした。見捨てられておりました。

日本の佐藤錦から何代も交配を重ねたのでしょう。小さくて食べる人などいやしない。見事な房なりだが朽ちるだけの定め。その内邪魔だと切り倒される運命です。張先生に名前を伺っても邪険に「知らん、名前などない」じゃあ皆んなで名前を付けることに。即衆議一決、品種名は「ルミコ」となりました。

チェリービールの話(その9)

残留農薬バスターの登場です。

皆さま大連政府とチェリービール開発の約束を果たすために6月3日から大連に来ております。いよいよ今年も旅順半島はチェリーが朱色に染まりはじめ半島の北側道路ペイルー(北路)の道沿いはチェリー売店(売人)が軒を連ねてました。

実は6月26日から3日間北京で大規模な防災展が開催され今回初めて海外展示会でアイパオを出展するのです。その為に相棒のオーノやイワモトが準備で悲鳴を上げている最中でのチェリー騒動。大連工場は正に混沌の極みです。辻褄合わせで後から理由をこじつけるのは中洲の常套手段でしたが今回はちと苦しくて。それで開発の日取りを中国の3連休6月7日から9日に置いてなるべく社内の目に触れないようにしました。

ところが6月6日大阪からシャープなイケダとキュートなバンちゃんのチェリービール開発チームが中洲の応援にやって来るのでさあ大変。チェリーの先輩としてしっかり実験計画を組んで置かなくっちゃいけません。

そこでチェックポイント

★先ず安全なチェリーの確保。

★残留農薬のチェック

★加工向け最適品種の探索

★加工技術の確立

★レシピの決定

★日本に持ち帰ってビール製品化の研究

★大連政府との間で品評会の開催

素性の知れないチェリーを市場で買うのは心配だから哲人張先生のところの由緒正しいチェリーを使用することに決めておりました。一部の日本のブランド加工食品にならって使用した原料の生産者を明示するのです。

それで残留農薬の有無を調べます。方法はこんな仕組みです。化学発光が反応物質(CPPO)と酸化剤(H2O2)これに触媒が反応はを促進して化学発光を生じると前にも述べました。じゃあ触媒を入れずに更に反応を抑制する物質を入れておいて残留農薬や洗剤に吹き付けると化学発光を起こすのです。中洲がこれを残留洗剤チェッカーと称して売り出したけど今まで売上ゼロですね。判定が絶対信用できるかと問われれば「ノー」です。しかし自分で使う分は構わないでしょう。

中国のこの時期手土産と言えばみんな2kg箱入りのチェリーです。そして業者は色と甘味を激しく競っています。不用意な言動は物議をかもすので慎まなきゃいけませんが6月4日土産に貰ったチェリーで発光テストしたらヤッパリ光りました。食べる気がしなくなります。言っときますが日本の市場で求める果物も大抵光るのです。果物や野菜を洗わずに皮ごと食するのは控えられた方が安全です。

そこで張先生と社員を前に同じテストする事にしました。流石に先生はじめ皆さん不安気です。だが見事に発光しません(予想していた通りでしたが良かった!)ついでに張先生農園で収穫したばかりのイチゴをテストしたら発光してしまいました。

農薬は散布していないが甘味を増すために特別の有機肥料を使用しておりそれに問題があるのかもしれません。張先生も農薬バスター・世紀の大発明(?)にひどく感心していますが今回は使用するチェリーの安全性確認が目的です。だからこれ以上の探求は控える事にしました。

収穫された紅灯の熟成品を使って工場で所定のレシピでジャムにしました。色が濃すぎてアウトです。そこでチェリー最適品種探しに次の行動の照準を合わせました。

チェリービールの話(その8)

ヒハラ君がイカサマやってくれました。

中洲が口のイカサマ師ならヒハラはパソコンのイカサマ師です。この前作った平面の写真を立体に加工してるんですね。

中国でこの写真一枚でクラウドファンディングやってみたらどうでしょう。1億円限定で募集して成果配分やれば面白そうです。

チェリービールだけじゃなく張先生と組んで納豆菌プラスチェリー健康飲料、チェリー石鹸、チェリーパック、勿論チェリーワインやブランディも。チェリーソーススプレーもやってみたいですね。先ずヒハラ君にイカサマ写真こさえて貰ってそれから反応良ければ試作する事に。