ケミホタルの話(その3)

この4人の仲間たちとの出会いはこうでした。

中洲が社会に出て8年経った1977年、身を置いたのは窯業界、そこは泥にまみれ灼熱に炙られる最後進性の業界です。そこにファインセラミックスという耳慣れないハイテク製品が登場し京セラが大躍進して参りました。ならばと当時技術系新聞の紙面を賑わしていた気鋭の(売名の?)技術者、F社の栗本に依頼して(誘い出して)中洲が奉職していた会社で彼の開発物語をさせたことから事態が動き始めたのです。

ホラとは分かっても京セラを射程に捉えるのは有田のF社であり技術主任の栗本だと言う話は中洲の心を揺さぶりました。

栗本は無邪気に自分を天才と信じる活性の男で中洲には自分と同質の匂いが感じられます。会社で彼の圧倒的な自慢話が終わり大阪梅田の地下街で一緒に安い夕食をしながらお互い独立の夢を語りました。

互いが独立起業の夢を追っていることを確認すると「それではイザイザ」両者は独立カードを切りあいます。粟本のカードは猫用避妊パンツ、中洲が最初に切ったのはケミホタルでした。

猫の避妊パンツなど如何に下らんアイデアかを説明する必要は有りませんでした。栗本は無類の釣りマニアでそれから約1時間伊万里湾青島でのチヌ釣りの極意を聞かされたのです。

当然のように「ケミホタルの開発に是非加担させろ」となりました。

ケミホタルの開発ではガラス細管の加工が必要です。技術者と設備がなければ話になりません。有田のF社なら少しは可能性もあるだろうと栗本に開発を依頼したのです。

栗本は取引先S製作所の土海と九大研究員の福本を開発仲間に引き込み 中洲士郎は福岡で懇意にしていた弁理士事務所のアルバイト藤本を誘いました。栗本は自社の社長や経理課長もケミホタル開発で儲けさせると焚きつけます。大阪から遠い有田で騒ぎだけ大きくなって来ました。事態は少しまずい方向に進んでおります。

F社の故深田正一社長は東大出の深田家入り婿。実に純で栗本と因襲の焼物の街、有田にファインセラミックスの灯をともすのに躍起の夢追い人でした。経済畑で技術に暗いので栗本の口車に乗せられ会社の本業を離れて一緒にケミホタルで大儲けをしようとの栗本の誘いに乗ったようです。

深田には博多の中洲に想いの女性がいます。「バー白馬」の美人ママがその人で彼女を喜ばせるのに金も欲しい。その白馬のママは中洲若子の友達だし士郎とも挨拶を交わす仲ですからいろいろ情報が入ってくるのです。本当に世間は狭い。

当時作家の今東光が「小股の切れ上がった美人」という表現をしました。これがどんな美人を指すのか分からず「白馬のママ」がそういう美人かと勝手に解釈した記憶があります。

だからこれも余談ですが世界初のケミホタルのイヤリングは中洲士郎の物語では白馬のママの柔らかい耳を飾る事になるのです。そのことは深田正一 氏もご存じありませんでした。

さあケミホタルが動き始めました。だが下手をするとこのチャンスは中洲士郎の手からこぼれ落ちます。考えもしなかった退職が現実味を帯びてきたのです。

秀才には程遠い5人の技術屋が登場したところで中洲士郎の出生や起業して13回もの危機に遭遇した「ケミホタルの話」を始めましょう。時々ブログを覗いてください。