ケミホタルの話(その9)

一体サイリューム小型化の思い付きは何処から来たのか記録を残しておきましょう。

中洲士郎実は釣りは得意ではありませんでした。

幼少の頃は1人でよく室見川でハヤを釣って遊んだものですが社会に出ては中洲タエの兄、正清に連れられて富士五湖でワカサギ釣りを楽しむ程度でした。この義兄は凄く男らしい男で中洲の憧れ、老婆(ラオポ)以上に別れられん親類です。この師匠に自慢したくてマブチモーターを仕込んだ世界初の電動ワカサギ竿で. 凍てつく相模湖で勝負しました。新開発の道具に痛く感心すると思いきや氷の穴を前に只笑っていたのを思い出します。

諸君もきっと士郎と同じような経験がお有りでしょう。

「一体全体何故あの時あの場所に行ってあんな経験をしたのだろう?」            後になってそう振り返る事があります。

1976年の夏、突然今までやったことがない夜釣りを試そうと釣具店で電気浮きを買い求め独り車を走らせ和歌山に入る手前の磯場に立ちました。

暗がりの中、磯の先端で安物の5mの継竿を振ります。ところがその第1投目が沖合の岩に当たったのかカチッと音がして浮子の光が消えてしまったのです。     実にバカな遊びでその後は釣りが出来ずにすごすご引き上げました。

電気浮子は高価で壊れやすいとの認識がトンマな士郎の頭に焼き付いてしまいました。これが1年後にサイリュームを知った時即座に夜釣りの浮子のアイデアに結びついたのです。

「中洲士郎の思い込み論」では世界中に同じ時期に200人が同じアイデアに閃くのです。だが次に進んで図面に描きサンプルを作るとなると10人位に絞られるというものです。

中洲は現状では誰もこの超小型化学発光体開発の第二段階に踏み込めていないと予想しました。