ケミホタルの話(その2)

4人のお客が代わる代わる好きな釣りの話を続けます。黙って伺っておりますと釣りが彼等の人生すべての様です。

そのうち少し若手の笑顔のいい男がシンミリした口調になりました。「僕は夜の磯で独りケミホタルを点けた浮子を眺めているのが一番好きです。唯ボンヤリ眺めて真夜中の磯辺で時を送って行きます。静かな時間の流れの中に緑に光る浮子がユラユラ揺れて来て沈黙の海中と暗闇にそよぐ磯風の接点でケミホタルが魚との語り合いを伝えす。次にケミホタルが揺れながら暗い海に引き込まれて行って、そーっと闘いの開始を告げるのです。焦る心を抑え暫く合わせるのを待つ。この時が堪らなくいい。ケミホタルのない釣りは考えられません」

彼の話を聴くと最早ケミホタルは我々の商品だとは言えません。開発者の手を離れて誰かに愛されてその人の生活の一部となっているのです。

中洲喜んで答えました。「そうですねお客さん。道具とはそういうものですね。私もこのiPad、いっときも手放せませんよ。確かに2010年4月に世に出たハナはこれに感動しジョブスを尊敬もしたけど今は僕の人生の一部で、開発者とは距離を感じます 。そう言えば昔、ケミホタル発売開始の数年間は世界中から手紙が届きました。写真や新聞の切り抜きも一緒にね。30年程前英国のケンプさんという人がケミホタルを使って25年振りに大西洋マッカレル(鯖)の新記録を釣ったとの知らせもありました。大きな獲物との夜の格闘、仕留めた興奮の様子が伝わってまいります。男女群島でカッポレ(平アジ)の日本記録が話題になりましたよ。どれもケミホタルで釣れたとありました」

夜のとばりが降りると岸辺の小魚を狙って大ダイ、ヒラマサ、スズキが走り海底ではヒラメ、メゴチ、クエなどがゴソゴソ動きます。結構賑やかな夜の海。夏が過ぎると台湾から回遊して来る太刀魚が小アジやイワシを狙って海の中は大騒ぎです。

こんな時はどの魚もケミホタルに興奮しているのか光った浮きにまで飛びつく始末です。そこから餌の近くにもケミホタルを付けて魚を釣るようになりました。世界の海で夜毎に夜釣りが裾野を広げて行ったのです。

「ケミホタルはこの赤ひょうたんのお店と関係あるのですか?」        

「あります。大有りです。この店の二階で5人の男が集まって何時も飲みながらケミホタル開発会議をやったのです。有田のF社の栗本、S製作所の土海、弁理士受験中の藤本、九大助手の福井それと中洲士郎、都合5名、全員技術屋でした」

近くのスタンドバー88で中洲太一と中洲ハルカ3人で飲み会の予定があったので話の途中でしたが人のいい4人連れにいとまを告げました。

88のエリカちゃんは実に魅力ある女性でね、色気を抑えた立ち振る舞い、それにシェーカーを振る時の職人気質の仕ぐさがいい。ファンが多く大抵満席です。

ニューヨークのソーホーにはミュージカルのオーディションに臨みながら夜はバーでアルバイトに励む娘達の姿があります。人生とは演技なんでしょうか。娘たちを見て中洲ヨタヨタするなと自分に言い聞かせます。「今夜の俺はハンフリーボガードだ」とばかりに背筋に張りを付けてオーダーするのは大抵塩で縁取りされた極冷えのウオッカです。

先程の店の4人連れのことを振り返ります。そんな画期的なケミホタルが (実はイカサマでね) と告げたら彼等釣り師の夢をぶち壊すでしょうか。物事の真実って一体なんだろう。

特に発明発見ストーリーはどう伝えればいいのでしょう。思うに発明発見とは大抵(パクリのリレー)なのに我々はそういうものに泣いたり笑ったり嫉妬したり感動しているのではないでしょうか。まあ「イカサマ」だろうと軽く受け止めて貰えると救われますが「大したものだ」と思い込まれたら辛いものがあるのです。

そもそも今回のブログのテーマは日立の技術者とのツーショットから始まったのです。

ケミホタル開発に5人の技術屋が集結したのですと4人の釣り人に語りました。優秀な技術屋と匂わせたのです。その方が筋が通ります。実は5名に共通しているのは学歴が幅を利かせる社会に不満を持ち(即ち一流大学に入れなかった)組織に順応出来ずに日を送る落ちこぼれだったのです。

さて偉大なケミホタルの発明者は誰だったのかどうして生まれたのか綴ってみましょう。